世界的ブームとなったあの異様なTVシリーズの劇場版が公開された1992年【死ぬまでにもう一度見たい映画を考える】その12

阿部和重【音楽/映画覚書】第2回『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』 | ARBAN

前年ついにバブル経済が崩壊した1992年は、日本が大不況時代に突入した年だ。若者にとっては就職氷河期の始まりでもあった。わたしは当時映画館で働いていたが、あまりに社会の底辺、世の中の圏外で生きていたせいか、バブルの恩恵を感じたこともなければ、不況のダメージもとくに感じていなかった。まあわたしの場合は生まれてこの方ずっと不況みたいなものなので、景気もクソもないようなものだ。

それにしても、ウィキで1992年の日本公開映画の一覧を見ながら、ここで取り上げたい映画がほとんどないことに気づいた。映画も氷河期だったのだろうか。それともわたしがあまり観ていなかったのか。

1992年といえば、これも前年の英米同時多発オルタナ革命によってロック・シーンが急激に活況を呈した頃だ。旬のアーティスト、バンドが続々と来日し、わたしにとってもこの年が生涯で最もライヴを多く観た年になった。CDも買い漁っては聴きまくっていたので、その分、映画をあまり観ていなかったかもしれない。

当時、日本でも大ブームとなったのは、米国のTVシリーズ『ツイン・ピークス』だった。
デヴィッド・リンチというクセの強い映画監督が手がけたことで、独特の世界観による異色のドラマとなった。

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その謎が謎を呼ぶ、異様かつ劣情をそそるような物語展開に釘付けになったファンも多かった。わたしもそのひとりだ。
レンタルビデオでは異例の高回転商品となり、その後レンタル界の人気商材となる海外ドラマブームの火付け役にもなった。

いま実はその『ツイン・ピークス』のサウンドトラックを聴きながらこれを書いているのだけれども、えらいものでほとんどの曲を憶えているし、いろんな場面が走馬灯のように記憶に蘇ってくる。
あっ。このシリーズにハマっていたのも、映画を観た本数が減った原因かもしれない。

Soundtrack From Twin Peaks

この1992年にはその劇場版、『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』が公開された。

TVシリーズでは、謎が謎を呼んだのはいいが、結局その謎のほとんどが解明されないまま消化不良気味に終わってしまった感じで、いよいよこの劇場版ですべての謎が解明されると期待された。

しかし、やっぱりというか、案の定というか、惹き込まれはするものの、結局はわかったようなわからないような結論だったように憶えている。世評も芳しくなく、興行的にも失敗だったらしい。

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まあでも、この「謎が謎を呼び、非常に惹き込まれるが、最終的にはわかったようなわからないような話」というのはデヴィッド・リンチのだいたいの作品で言えることでもある。刺激的な伏線をばらまくのは非常に巧いのだが、その回収はあまり得意ではないのかもしれない。

リンチ作品と言えば、カルト映画として人気のあった『イレイザーヘッド』(’76)、なぜか日本で異常にヒットした『エレファントマン』(’80)、なぜか大コケしたSF大作『デューン/砂の惑星』(’84)など、一癖も二癖もある作品が多いが、わたしはその後の『ブルーベルベット』(’86)、ニコラス・ケイジ主演の『ワイルド・アット・ハート』(’90)で少しリンチに興味を惹かれた。

でもやっぱり一番好きなのは、病気の兄に会いに行くためにアイオワ州からウィスコンシン州までの500km以上の道のりを時速8kmの芝刈り機に乗って旅したじいさんの実話を描いたロード・ムービー『ストレイト・ストーリー』(’99)かな。

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リンチらしくもないと言ったら失礼だが、なんのクセもない、ただただ心温まる物語である。こんな映画も撮れるんだという意外性も上乗せされて、感動的な映画になっている。

リンチでもう一度見たいとしたらこれと、あとはやっぱりTV版の『ツイン・ピークス』(’90〜’91)かな。2017年に放映された新シリーズ全18話は見ていないので、それも一緒に見てみたい。

1960年代から70年代にかけて、300人以上もの女性を殺害したとされる殺人鬼、ヘンリー・リー・ルーカスの実話を映画化した『ヘンリー』(’86)は衝撃的な内容であり、緊張感が漲る演出で、映画の出来も非常に良かった。それでジョン・マクノートン監督の名前を覚えたが、商業的な成功には恵まれなかったためか、作品数は少ない。

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ロバート・デ・ニーロとユマ・サーマンのラブコメ『恋に落ちたら…』(’93)やケヴィン・ベーコンとマット・ディロンのちょっと欲情を唆るサスペンス『ワイルドシングス』(’98)なども良かった。『ヘンリー』はしかしもう一度見てみたい作品だ。

邦画では、1960年代の香川県を舞台に、ベンチャーズに影響を受けた高校生たちがバンドを結成し、ロックに明け暮れるという、爽やか極まりない青春映画『青春デンデケデケデケ』(’92)が素晴らしい。きっとこんな高校生たちが当時は全国どんな田舎町にもいたんだろうなあと思わせる、日本におけるロックリスナーの第一世代たちの眩しいほどの青春がなんだか羨ましくもあった。

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大林宣彦監督は広島・尾道を舞台にした男女の中学生の身体が入れ替わる『転校生』(’82)が印象深い。

しかし、他にも数々の作品がありながら、そのリストを見てもわたしはほとんど見ていないことに今さらながら気づいた。

わたしはいつからか地方都市や田舎を舞台にした映画に惹かれ、積極的に見るようになっていった(それにも『ツイン・ピークス』の影響が多少なりともある)。
大林監督といえば、自身の出身地である広島県尾道市をはじめとして、地方を舞台にした作品が多いことで知られる。だからもっと見ていてもおかしくないはずなのに、当時はどう思っていたのか、間抜けなことにことごとくスルーしていたことに今頃になって気づいたのだ。

これから少しずつ見てみよう。これはちょっと、楽しみが増えたな。

(Goro)