1993年、タランティーノ登場!【死ぬまでにもう一度見たい映画を考える】その13

レザボア・ドッグス

前年の日本公開映画は、ここで取り上げたくなる公開作品が少なく、わたしにとっては不作の年だったのだが、この93年はうって変わって大豊作の年だった。

〈その8〉で既出の北野武監督の最高傑作『ソナチネ』もこの年の公開だったし、スピルバーグ監督による、映画におけるCG技術の革命となった『ジュラシック・パーク』も公開された。
そしてわたしにとっては北野監督の登場に勝るとも劣らない衝撃のデビューとなったのが、当時30歳の俊英、クエンティン・タランティーノだった。

レンタルビデオ店で働きながら、ビデオで世界中の映画を見まくったというタランティーノは、日本の映画にも造詣が深い。深作欣二や三隅研次、勝新太郎、三池崇史、そして北野武のファンであり、作品にもその影響がモロに窺える。ちなみに北野監督もタランティーノ作品を高く評価していて、相思相愛の関係である。対談もしている。

要するにタランティーノはとんでもない映画オタクなのだが、そのオタク的嗜好や知識やセンスを自らの作品に昇華させることに見事に成功した、才能と情熱が溢れんばかりの映画作家だった。ユーモアのセンスもまた素晴らしい。それまでの映画監督とは明らかに一線を画す、映画の歴史を横並びに俯瞰してチョイスできるようになったレンタルビデオ世代を象徴する映画作家と言えるだろう。まあ、なんにしろわたしは、それがどんな種類であれ、マニアックなものに異常な情熱を傾けるオタクという人種が好きなのだ。

この年公開されたデビュー作『レザボア・ドッグス』(’92)はいかにもタランティーノらしい、これまでのギャング映画へのリスペクトと、見たことのない新鮮なアイデアが詰め込まれた、斬新かつクオリティの高い作品だった。30歳の若者が作ったとは信じられないような完成度だったが、マドンナをネタにした無駄話で始まる冒頭シーンから新しい感性を感じ、一気に作品に惹き込まれた。

そんなタランティーノの作品はもちろん全作観ているが、最高傑作はやはり翌年の2作目、カンヌのパルムドールも受賞した『パルプ・フィクション』(’94)だろう。わたしはこれがいちばん好きだ。

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当時わたしは映画館に勤めていて、ちょうどこの頃は映写技師として映写室で働いていたので、映画を写しながら毎日朝から晩まで、何百回とこの作品を観たものだ。
また、タランティーノのすべての作品に通じて言えるが、音楽がまたマニアックだ。ディープな趣味がまた素晴らしい。

わたしは映画のサウンドトラックのCDというものをほとんど買ったことがないが、『パルプ・フィクション』のサントラは思わず買ってしまった。ちなみにわたしが買ったサウンドトラックCDはこれと『イージー・ライダー』、ボブ・ディランの『ピリー・ザ・キッド』、ニール・ヤングの『デッド・マン』だけである。

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タランティーノ作品でもう一度見たいとなると、この最初の2作はもちろん、日本や香港のアクション映画へのリスペクトとオマージュに溢れた『キル・ビル Vol.1』(’03)、『キル・ビル Vol.2』(’04)、『バニシング・ポイント』へのオマージュを含み、カー・アクションと女性スタントウーマンたちが大活躍する『デス・プルーフ』(’07)、1969年にハリウッド女優シャロン・テートがカルト集団チャールズ・マンソン・ファミリーに殺害された事件を背景に当時の映画界を描いたディカプリオとブラピが主演の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(’19)などももう一度堪能したい。監督作ではないけれども、出演を果たしているロバート・ロドリゲス監督の傑作『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(’96)も見たいな。これは物語の中盤であっと驚く展開が待ち受けている。

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でも、そのタランティーノは、10作目の監督作となる現在準備中の『ザ・ムービー・クリティック』を最後に、監督業を引退するという。まだ59歳なのに。
彼が若い頃に勤めていたビデオショップが閉店したため、その在庫を全部買い取ったそうだ。自宅に陳列して店を再現しているそうなので、超マニアックなレンタルショップでも開業するのかな。

やっぱりいつか、タランティーノは1作目から順番に全作品を見返してみよう。

そしてこの年、その代表作のいくつかがミニシアターでリバイバル公開され、わたしが初めて名前を知ったのが、アメリカの映画作家ジョン・カサヴェテスだった。すでに1989年に59歳の若さで他界していたが、そのリアリティを追求した映像表現による滅法カッコいいアクション作品や、人々の孤独や哀しみ、苦悩を深く抉るように描き出すドラマ作品など、唯一無比の個性的な作品群には衝撃を受けた。

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ジョン・カサヴェテス監督の中でも最初に衝撃を受けたのが、彼の妻でもあるジーナ・ローランズが主演した『ラヴ・ストリームス』(’84)だった。同じくジーナが主演した最高にかっこいいアクション映画『グロリア』(’80)は最もよく知られた作品だし、精神が壊れていいく妻とその夫の夫婦愛を描いた『こわれゆく女』(’74)、これも精神が崩壊していく舞台女優を描いた『オープニング・ナイト』(’77)も強く印象に残っている。またデビュー作である即興演技の実験的な作品『アメリカの影』(’59)などももう一度見てみたいものだ。

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さらにもうひとり、この年に初めて知った映画作家でわたしが夢中になったのがイランのアッバス・キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』(’87)だった。

イランのある田舎の村を舞台に、友だちのノートを間違って家に持ち帰ってしまった小学生の少年が、ノートを返すために友だちの家を探し歩くというだけの作品なのだが、俳優を一切使わず、すべて本物の小学生と本物の先生、本物の村人にセリフを言わせ、演技をさせて撮影した特異な作品だ。

友だちのうちはどこ?(字幕版)

いかにも役者的な芝居というものをしないので、それはリアリティを極め、自然と滲み出るようなユーモアや、ガチ泣きや、ガチの困惑の表情や、ガチの喜びの表情が映画を特別なものにしている。また村の映像なども素晴らしく美しい。この作品はわたしが生涯で見た中でも5本の指には入る大好きな作品だ。

同じく、俳優を使わないガチの村人たちで撮影されたキアロスタミの作品群は全て傑作だ。

小学生たちを順にカメラの前に立たせ、監督が「なぜ宿題をしてこなかったのか」と問い詰めてその理由を言わせるという恐るべき作品『ホームワーク』(’89)、実際にあった、有名な映画監督を騙った詐欺事件の顛末をその本物の当事者たちに演技をさせて再現ドラマにするという恐るべき作品『クローズ・アップ』(’90)、90年のイラン地震のあとで『友だちのうちはどこ?』の出演者たちの安否を確認するために再びキアロスタミが現地を訪れるという感動的な作品『そして人生はつづく』(’92)も素晴らしい。

そして人生はつづく(字幕版)

さらには、ある若いカップルを主人公にした映画の撮影中に、その男性が恋人役の女性に実際にプロポーズし、女性が断っているということが発覚する。監督は落ち込む男性に事情を聞いたりアドバイスしたりし、共演を続けることを嫌がる女性を説得して恋人役を続けてもらい撮影を進めるという、現実と虚構がごちゃゴチャになってくる前代未聞の映画『オリーブの林をぬけて』(’94)にも衝撃を受けた。

オリーブの林をぬけて(字幕版)

キアロスタミは決して第三世界の一風変わった映画作家などというレベルではなく、実験的な手法を次々に発明して映画の常識を塗り替え、世界の最先端を行く映画作家だった。

中年男性が自殺を手伝ってくれる人を探すという『桜桃の味』(’97)や、日本で撮影された、84歳の元大学教授とデートクラブで働く女子大生、その恋人の大学生の3人のくだらない揉め事を描いた『ライク・サムワン・イン・ラヴ』(’12)など、どれも素晴らしい、もう一度見たい映画ばかりだ。

キアロスタミ監督の作品は日本で見れるものは全て見た。北野、タランティーノ、そしてキアロスタミが当時のわたしにとっての映画作家のヒーローだった。
この3人の映画を見てしまうと、十年一日の如く同じようなもの延々と作り続けていた当時のハリウッド映画など、退屈で見てられなくなってきたのもこの頃だった。

最後に邦画を一つだけ。
柄本明が初監督した作品『空がこんなに青いわけがない』(’93)はありふれたサラリーマン家庭を描いたコメディ映画だが、強い印象を残した。

役者にとって意外に難しいのは、なんでもない普通のサラリーマンをリアルに演じることだとよくいわれるが、ここでは三浦友和が見事に普通のサラリーマン、銀行の課長役を演じている。わたしは彼がすごく好きだ。彼が後に北野監督の『アウトレイジ』に主役級で出演したのは嬉しかったなあ。

ちなみにわたしの好きな日本の俳優を三人挙げるとするなら、三浦友和、役所広司、奥田瑛二である。

空がこんなに青いわけがない

この豊作の年、アカデミー作品賞に輝いたのが、クリント・イーストウッド監督の『許されざる者』(’92)だった。
続けてさらに傑作『パーフェクト・ワールド』(’93)を監督し、主演を務めた『ザ・シークレット・サービス』(’93)も大ヒットするという、彼にとって大活躍の年になった。

しかしもういくらなんでも長く書きすぎているので、わたしがアメリカの映画監督で最も好きなひとり、クリント・イーストウッドについては次回、あらためて取り上げることにしよう。

(Goro)

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