名盤100選 09 ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』1991

ネヴァーマインド

ストーン・ローゼスの登場以来、英国ロックは一気に燃え上がった。
新しいロックのスタイルはローゼスのような60年代サイケとダンス・ミュージックを合わせたようなマンチェスター・ムーヴメントと括られる一派(ハッピー・マンデーズ、インスパイラル・カーペッツ、スープ・ドラゴンズ、ジェイムス、プライマル・スクリームなど)とシューゲイザーと呼ばれる、メロディアスなヴォーカルがフィードバックノイズにかき消されるような轟音ギターバンドの一派(ジーザス&メリー・チェイン、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ライド、ティーンエイジ・ファンクラブなど)にわけられたが、そのどちらもわたしは夢中になって貪り聴いた。
わたしが23~25歳の頃、1989年から91年にかけてのことである。

77年~のパンクムーヴメントをリアルタイムで知ることができなかったわたしにとって、ついにロックが大きく変わるムーヴメントを体感できたのである。
当時はもう仕事もなにもかもどうでもよかった。ただこの新しい音楽に夢中で、昂奮していた。

この英国ロック奇跡の復活は、アメリカにも飛び火し、アメリカのアンダーグラウンド・シーンが注目され始めた。
そのアンダーグラウンド・シーンの帝王がすでにベテランのソニック・ユースであり、さらにピクシーズとダイナソーJrなどが新しい扉を開いた。
彼らの音楽はユーモアと殺伐とぶち切れた轟音ギターとパンク直系のわかりやすいメロディとが融合し、まるでわれわれがロックに対して望むものがすべて揃っているかのようだった。
この頃がわたしが最も音楽にのめりこんだ時代だ。

わたしは当時『ロッキン・オン』や『クロスビート』などの音楽情報誌を毎月発売日に本屋に走って購入し、隅々までチェックした。そうやって給料をもらったらなにを買うか絞り込むのである。
91年の10月(だったと思うが)、わたしは給料日後の最初の休みに、毎月恒例となっているCDのまとめ買いに出かけた。
当時は月に2万円までと決めていて、でもできるだけ安くたくさん買いたいので、買い物リストを握りしめて名古屋の街を中古CD店からタワーレコードとHMVの外資系量販店の順に回るのだ。
たしか10~15枚ぐらいは毎月買えたはずだ。

しかしその日はどうしても、どこの店でも見つからなくて困ったタイトルがあった。
発売されてまだ2~3日しか経っていないはずのニルヴァーナの『ネヴァーマインド』というアルバムである。
それはまだ一度も聴いたことのないバンドだったが、クロスビート誌上でソニック・ユースが最近の新人バンドのことを訊かれて、「ニルヴァーナは凄い!」と一言だけ言っていたのをわたしの嗅覚は信用し、買い物リストに入れたものであった。前月に購入したスマッシング・パンプキンズのファーストにハマってもいたので、このアメリカの新しい波にわたしの期待が注がれていたのだ。

メジャーから国内盤で出ているというのにどこを探しても無くて、おかしいなあと思いながら帰途についた。
あきらめきれずに、ためしに家のすぐ近所のCDショップを覗いてみると、普通に1枚置いてあった。わたしは大喜びで購入した。

家に着いて『ネヴァーマインド』を聴いてみて、わたしはいたく気に入った。
メジャー盤らしく、音が素晴らしく良い。
曲はCDの前半に一聴して名曲としてわかる曲が集中している。キャンディポップのようなすぐに口ずさめるメロディとラウドで殺伐としたインディ風のサウンドが見事に融合している。
ただし、こういうことはすでにわたしのお気に入りだったソニック・ユースに始まり、ピクシーズやダイナソーJrらで聴いていたので画期的というわけではなかったが、しかしニルヴァーナは彼らより、よりメロディメーカーとしての才能があり、異様に完成度が高かった。
ピクシーズの「ディベイサー」やダイナソーJrの「ワゴン」に匹敵する名曲がいっぺんに4曲も入っていた。
半分聴いただけで、ああこれは凄い名盤だなあと思ったことを覚えている。

80年代のニューウェイヴによって徹底的に解体されたロックはようやくまた組み立てなおされ、ついにピッカピカの塗装が施されて完成されたかのようだった。
アメリカのこの路線の中で、このCDはわたしのいちばんのお気に入りとなった。

そして次月に出た音楽誌の記事で、わたしはやっと何が起こっているかを理解した。
小さな記事だったが、そこには「ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』が全国のCDショップで品切れ続出」とあった。
ありえないような話だったが、どうやら本当らしい。
どうりでわたしもなかなか買えなかったわけだ。

それからはもう社会現象のようなあの騒ぎである。
特筆すべきは、このニルヴァーナ現象はいつものようなマスメディア主導のブレイクではなかった。
音楽誌にはそこまでニルヴァーナに注目させるような記事は当時無かった、間違いなく。
クロスビートの批評も覚えているが、10点満点中9点で、評価は高いが絶賛というほどではなかった。
しかし不思議なことに、世界中の若いロック・ファンがニルヴァーナを圧倒的に支持した。そのことがなによりも痛快だった。
ありがちな、マスメディアに作られたスターではなく、ただのふつうの音楽ファンがただその音楽だけを気に入って支持した、それがなんの申し合わせもないのに世界規模で同時に起こった。
そんなことが現実に起こるなんて、なかなか悪くない世の中だと思った。

その3年後にヴォーカルのカート・コバーンはショットガンで頭を撃ち抜き、自殺した。
わたしはそれを出勤前にNHKのニュースで知った。
「アメリカの人気ロック歌手、カート・コバーンさんの遺体が自宅の地下室で発見されました」。
わたしは白けた。そう、ショックだったというより、白けた。

カート・コバーンはロックスターではなかった。
あの冴えない風貌のダサい男は、われわれと同じ世代の、同じようなロックオタクだった。
そのパッとしない男は、しかし曲を書く才能とユーモアのセンスがズバ抜けていた。
彼はわれわれが求めているリアリティのある音楽を書いたので、親近感を感じた。
わたしは彼をロックスターだと思ったことは一度も無かった。

しかし実は彼がヘロイン中毒だったこと、そして自殺に至ったこと、それらは60年代から綿々と続く、相も変らぬ悲劇のロックスター伝説そのものである。
わたしはもう子供でもないつもりだったので、そんなセックス、ドラッグ&ロックンロール幻想にうんざりしていた。
だからこそ、ニルヴァーナというそんなロック幻想とは一切無縁そうな「普通の」音楽好きの田舎者たちを近所の友だちのように親しんだのだ。

それが裏切られたのである。
なんだ、ただのロックスターじゃん。
わたしは大いに白けた。
わたしはなんだかロックそのものにすら嫌気がさした。
自分がひどく幼稚なくだらないものに夢中になっているような自己嫌悪すら感じた。
それ以来わたしの「ロック」への興味は急速に失われていく。

それにしても今だにわたしは、カート・コバーンを伝説的なロックスターの如く扱うような言説には違和感を感じる。
暗い表情をしたいかにも悲劇の天才みたいな写真を添えられるとさらに違和感は増す。
だってリアルタイムの彼らはいつもふざけた表情やポーズで写真に写っていたのだから。

しかし、このアルバムは今聴いても素晴らしい。
良く出来た曲に感心する。ジャケットも秀逸だ。
まさにこのジャケットこそ、ニルヴァーナの本質はこの素晴らしいユーモアなのだと語っている。

コメント

  1. アバター まーこ より:

    遅場せながら・・
    すいません!!↑のコメント私デス。。。。。失礼しました。(汗)
    そして追記:先日はありがとうございました☆m(__)m
    楽しんで頂けたでしょーか!?

  2. アバター Unknown より:

    Unknown
    ニルバーナを思い起こせば、初めて聴いたのはパリコレのファッションショーだったかMTVかで”スメル~”を聴いて大好きになり、ゴローさんからアルバムを借りた覚えがあります。
    でも、何故か皆同じ曲に聴こえてしまぃのめり込めず。。
    ウルサイ音が大好きな私のハズなのに、音に馴染めずにいた。
    今考えると何でだろぅ・・?と思う。
    だって今聴くとめっちゃくちゃ好みなのに。。

    90年代はいろいろと私的に忙しく音楽を一切聴かなかった時代。
    今となってはとっても悔やまれるから、今更ながらに追っかけている自分も悲しぃ。。。

  3. アバター r-blues より:

    Foo Fighters
    >カートが死んでバンドが無くなって、そしてロックの至宝《フー・ファイターズ》が誕生する。

    私….今年のグラミー賞の時、はじめて知りました(ToT;)….知らなかったんです。NIRVANAのドラマーだってこと。

    しかし、ラジオでFoo Fightersが流れてくると、「死んでないROCKがあるじゃん!」とニヤリとしますね。(ギターソロないのが、ちと不満な私は…そうさ古い人間さ(^^))
    StonesやAeroは現役だし相変わらずカッコイイけど、やっぱ化石っぽいし。

    そういえば現役で化石じゃないROCKって思いつかないね。
    昨今来日ラッシュなのは現役で墓石だし…失敬。

  4. アバター headfuck より:

    お初です!!(笑)
    DVD「LIVE!TONIGHT!SOLD OUT!」は 面白かったなぁ。某アクセルの様なポーズではない普通の小僧っぷりは笑えます。
    MTVアンプラグドでのカートの表情は意味深ですね…。

  5. アバター ゴロー より:

    もうひとつの名盤
    『イン・ユーテロ』もいいが、わたしは『MTVアンプラグド』のライヴ盤のほうが好きだな。
    カバー曲の選曲にも唸らされるし、なによりもあのサウンドの美しさは画期的に新しかったですね。

  6. アバター フェイク・アニ より:

    無茶振りっすね。
    はい、レギュラー回答者のアニです。
    次の「イン・ユーテロ」を聴いて思うのは、あのままカートが生きててニルヴァーナが続いて何枚かのアルバムが出たとしたら、「ネヴァー・マインド」はきっとバンドのキャリアの中では異質な作品として位置づけられたんじゃないか?ってこと。
    カートが死んでバンドが無くなって、そしてロックの至宝《フー・ファイターズ》が誕生する。

  7. アバター ゴロー より:

    おっ。来ましたね。
    今回からすべての回にコメントをつけてくれる予定の元相方ですね。

    最後のくだりは合ってますね。その感じはまさにあの時代の空気です。

    ついでにニルヴァーナの他のアルバムについてなにか一言お願いします。

  8. アバター フェイク」・アニ より:

    来たな、待ってたぜ。
    『グランジ』なんて言い回し、一体何時から付いたんだろ?たしか当時はオルタナ系とか殺伐系なんて言われてたよね。まぁいいや。
    「秀逸な音楽は秀逸なファッションを広める」と僕は思ってるんだけど、その意味でも功績は大きいね。いや、そんな事はどうでもいいんだ。
    ただ、17年たった今でもこのジャケ写を見ると爽快感と絶望感と倦怠感に甘いシロップをかけて、大笑いしながら金属バットでぐちゃぐちゃに叩き潰したような気持ちになる。未だに。