想像を超えてきた未知の怪物 〜マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『ラヴレス』 (1991)【最強ロック名盤500】#31

ラヴレス

⭐️⭐️⭐️⭐️

【最強ロック名盤500】#31
My Bloody Valentine
“Loveless” (1991)

当時、もしも日本のアマチュア・バンド・コンテンストやオーディションにこんなバンドが出てきたらどうなっていたか。

「声が小っちゃい!」
「腹から声出せ!」
「ギターの音が大きすぎる!」
「まじめにやれ!」
などと審査員席から怒声が飛び交うだろう。
合格などするはずがない。

そんなバンドをレコード・デビューさせ、さらに倒産寸前になるまで巨額の制作費を注ぎ込み、2ndである本作を完成させたのは、当時最も勢いのあったインディ・レーベル、クリエイションである。

なにしろ、1st『イズント・エニシング』の制作費が120万円ほどだったのに対し、本作は2年半の歳月をかけ、19ヶ所のスタジオを使い、5千万円近くも費やしたというのだからものすごい。バンドの中心人物であるケヴィン・シールズは世事に疎い典型的な芸術家気質なのだろう。経済原則のことなどまるで頭になかったに違いない。

制作中はいったいなにが出来上がるのか、誰も見当がつかなかっただろうと思われる。
どの部分を聴いても、これが売れる音楽、制作費を回収できる商品になるとは誰も思えなかっただろう。口出しされるのを嫌ってか、バンドはレーベルの関係者はもちろん、社長のアラン・マッギーですらスタジオに一切立ち入らせなかったという。
そして完成したのは、誰も聴いたことのないような、想像をはるかに凌駕する未知の怪物のようなアルバムだった。

ジーザス&メリー・チェインが扉を開いた、フィードバックノイズの奔流の世界を、マイブラはそれを音楽的にコントロールする術を模索し、世にも聴きにくいがしかし異様に美しい世界を創造した。

楽曲はすべてがひとつながりの豊穣な海のようだ。
曲間は曖昧に溶けてしまい、エフェクトのかけすぎでもはやギターだかなんだかもわからない。深海のクジラの鳴き声のような音が響きわたり、夢見心地のエクスタシーの波がやってくる。ときどき海底から弱々しいが幸福そうな歌声がかすかに聴こえてくる。

わたしは初めて聴いたとき茫然とした。
どこまでも音量を上げてみたい気分になった。
部屋の空気が波立って、視界がぼやけていくようだった。

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの2ndアルバム『ラヴレス』は1991年11月にリリースされた。当時は『愛なき世界』という邦題が付いていた。なぜか今はない。

ジャケットがまた良い。この豊穣な音響の美しさと、今にも自然発火して燃え尽きてしまいそうな危うさを見事に伝えている。

アルバムのオープニングを飾る素晴らしい「オンリー・シャロウ」も良いが、わたしの最も好きな曲は4曲目の「ホエン・ユー・スリープ」だ。

世界の終わりのようなノイズの向こうから突然光が放射されるように始まり、弱々しくかすかに聴こえてくるその歌がとても美しく、この曲を聴くといつも、わたしはなんだか全身にエネルギーがじんわり湧いてくるような、ポジティヴな気分になれたものだった。

ただし、ジーザス&メリー・チェインの衝撃以来の、フィードバックノイズの轟音によるロックはもうここに極まったとわたしは感じていた。このアルバム以降はもう、とくにそういう類のものを追いかけることを自然にしなくなっていった。

↓ アルバムから唯一のシングル・カットとなった「オンリー・シャロウ」。米オルタナチャート27位まで上昇した。

↓ アルバム中で、わたしが一番好きな曲「ホエン・ユー・スリープ」。

(Goro)

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