【映画】『ゴッドファーザー&サン』(2003 米) ★★★★★

ゴッドファーザー & サン [DVD]

【音楽映画の快楽】
Godfathers and Sons

監督: マーク・レヴィン
出演:マーシャル・チェス、チャックD

1928年にポーランドから移民として米国へ渡り、シカゴでクラブやライブハウスを経営したレナードとフィルのチェス兄弟が、その店の出演者であった黒人ミュージシャンたちのために1949年に設立したのが、チェス・レコードだった。

やがてこのチェス・レコードから、マディ・ウォーターズ、チャック・ベリー、ボ・ディドリー、ハウリン・ウルフ、リトル・ウォルター、バディ・ガイ、エタ・ジェイムス、ココ・テイラーなど、その後のロックンロール誕生の源となった、錚々たる顔ぶれのブルースマンたちがデビューする。

もしもチェス・レコードが存在せず、これらのアーティストたちが世に出ていなければ、ビートルズもローリング・ストーンズもこの世に存在しなかったかもしれない。そうなると、ロックという音楽が存在したかどうかすらわからないほどだ。

そのチェス・レコードから発売され、当時「ブルース史上最悪のアルバム」と批評家に叩かれまくったという1968年のマディ・ウォーターズのアルバム『エレクトリック・マッド』を、パブリック・エナミーのラッパーであり、ヒップホップ界最高の頭脳、チャックDが発売から30年後に「クソ凄ぇアルバムだ」と絶賛したことがこの映画の原点だ。
チャックDのその賛辞に、そのレコードに参加した往年のミュージシャンたちが手を取り合って「やっと30年後に理解された」と破顔し喜ぶ様が印象的だ。

たしかに『エレクトリック・マッド』は凄いアルバムだ。

きっと、当時流行のサイケデリック・ロック風のコンセプト・アルバムを作ろうとしたのだろうけど、用意されたスタジオ・ミュージシャンたち(すべて黒人)があまりにもブッ飛んでいて、ワウやファズを多用しながら、サイケデリックというのでもない、アグレッシヴで異様なまでに新しいサウンドの作品を産み落としてしまった。

その『エレクトリック・マッド』をプロデュースしたマーシャル・チェス(創業者レナードの息子)とチャックDが出会うところからこの映画は始まる。

チェス・レコードの建物があった通りや、ココ・テイラーが経営するクラブなどを訪ねながら、関係者やマーシャルの昔の仲間たちに当時の話を訊く。

1950年代という、まだ人種融合が進んでいなかった時代に、ユダヤ系であったチェスの家族と黒人たちとの深い交流は稀有なことだった。
1969年に死去した創業者レナード・チェスの葬式には大勢の黒人たちが集まった、とマーシャルは語る。

「父が死んで15万ドル分の借用書の束が残ったんだ。その95%は黒人たちに貸したものだった。葬儀に来た大勢の黒人たちを見て叔父は言った。『連中は、彼の死を確かめに来たんだ。借金を返さずに済むからな』笑」

映画の後半では、『エレクトリック・マッド』に参加したミュージシャンたちが30年ぶりに再結集して、チャックDやコモン(シカゴのラッパー)らとマディの曲をレコーディングするという夢のようなシーンがある。

最初の会合でコモンが緊張でこわばった顔で「みなさんと同じテーブルに着けるだけでも、心から光栄に思う」と言うと、ギターのピート・コージーが「俺らも同じことを先輩に言ったよ」と返して笑いが起きる。わたしはこのシーンがなんとも感動的で、印象深かった。

レコードを作る企画に参加した理由をチャックDはこう語る。
「『エレクトリック・マッド』でおれはブルースに開眼した。だからマーシャルに言ったんだ。録音もするし、印税についても黙って従う。意見はありません、と。おれは年長の話に耳を傾けたり質問もして、ブルースの魂に浸れる。ためになる話ばかりだし、含蓄もある。だが今の若いやつらは5年前にすら目を向けない。それをひっくり返したいんだ」

この映画は〈ブルース生誕100周年〉を記念して、マーティン・スコセッシ総指揮によるドキュメンタリー・シリーズ『ブルース・ムービー・プロジェクト』として制作された7作品のうちのひとつだ。

わたしはこのシリーズを10年ほど前に見たが、スコセッシによって選ばれた映画監督たちよる、ブルースへの愛に溢れ、映画としてのクオリティも高い、本当に素晴らしい作品が揃ったシリーズだ。

この『ゴッドファーザー&サン』というタイトルからは何層にも重なった深い意味が読み取れる。
マディ・ウォーターズらゴッドファーザーたちとその息子、ローリング・ストーンズからチャックDまで、彼らに影響を受けたアーティストたちのことであり、また、チェス・レコードを創業したレナード・チェスとその息子マーシャルのことでもあるだろう。

彼らすべてに対する、熱心で深いリスペクトに満ちた映画だ。
チェス・レコードの偉大なブルースマンたちのド迫力の演奏シーンもふんだんに使われていて見ごたえ充分だ。

監督のマーク・レヴィンという人はよく知らないが、カメラにも編集にも、音楽と演奏家に対する深い愛と敬意を感じる。素晴らしい。

この映画をぜひ若者に見てほしいものだ、とわたしもチャックDと同じことを思う。
特に現在のロックやヒップホップが好きな若者たちに。

チェス・レコードから生まれた名曲の数々を書いた偉大なソングライター、ウィリー・ディクソンは口癖のようにこう言ったという。
「ブルースが根っこ(ルーツ)で、その他はすべて果実(フルーツ)だ」

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