【追悼】梓みちよ 幼いわたしが憧れた、スナック〈昭和〉の美人ママ

GOLDEN J-POP/THE BEST 梓みちよ

こんにちは赤ちゃん(1963)
【ニッポンの名曲】#60
作詞:永六輔 作・編曲:中村八大

こんにちは赤ちゃん

梓みちよ20歳のときの国民的大ヒット曲。第5回レコード大賞受賞。

わたしが生まれる前の発売なので、当時のことは知らないけれども、日本が本当に未来への希望に満ち溢れた、幸福な時代だったように想像できる曲だ。

わたしは子供の頃この曲を「アメリカの歌を日本語で歌ったもの」と思い込んでいた。それぐらい、アメリカン・ポップスのテイストが濃厚だ。

これは生粋の日本人、永六輔と中村八大が書いた作品だ。あの「上を向いて歩こう」の最強コンビである。

彼らは昭和30年代に、日本語で歌えるポップスを創造し、根付かせた、偉大なる先人たちである。

それにしても弱冠20歳の梓みちよの歌唱力のもの凄さと言ったら、呆れるほどである。

二人でお酒を(1974)
【ニッポンの名曲】#61
作詞:山上路夫 作曲:平尾昌晃 編曲:森岡賢一郎

二人でお酒を [EPレコード 7inch]

「こんにちは赤ちゃん」から11年後、低迷していた梓みちよが再ブレイクしたのがこの曲だった。

やはり11年も経つと女性はずいぶん変わるものだ。
20歳で「赤ちゃん」にも恵まれ、幸せの絶頂だった女性が、11年後に突然水商売のママになって現れたような。
あの赤ちゃんはどうなったんだろう、とは誰も怖くて訊けないような。

大晦日の歌番組を家族や親類といっしょにこたつに入って、梓みちよがこの歌を唄うのを見ていたことを今でも憶えている。

この曲では2番に入るところで、ステージにあぐらをかいて歌うという演出がある。
1番を歌い終えたぐらいのところで母親や叔母が「ほら、座るよ、座るよ、座ったー」などと大騒ぎしていたのを思い出す。
女性がステージにあぐらをかいて歌うなんて、当時の感覚からすると結構度肝を抜くような演出だったのだ。

わたしは8才で、なんとなく梓みちよのことをスナックかなにか、男の人たちがお酒を飲む店のママさんなのかと思っていたのだった。その人が歌を出したらすごくヒットしたのかな、などと思っていた。
それぐらいこの歌と彼女の風貌は、水商売の女性の、強くて美しい、でもどこか寂しそうなイメージに重なった。

うらみっこなしで 別れましょうね
さらりと水に すべて流して
心配しないで ひとりっきりは
子供のころから 慣れているのよ
それでもたまに 淋しくなったら
二人でお酒を 飲みましょうね
飲みましょうね

すべてを本音で言うような野暮なことはせず、思いやりや強がりのうしろでいろんな感情がチラチラと見え隠れするのがいかにも昭和の歌謡曲という気がする、素敵な歌詞だ。

「子供のころから慣れているのよ」なんて、急に奥行きが見えて、グッと胸を掴まれたりもする。
バース部分の素晴らしいメロディの、ため息を混ぜたような歌声は、鳥肌が立つほどだ。

1966年生まれのわたしにとっては、70年代に隆盛を極めた〈歌謡曲〉こそが最初に体に沁み込んできた音楽だった。

わたしにとって、ソウル・フードはすがきやのラーメン、ソウル・ミュージックは70年代の歌謡曲なのかもしれない。

メランコリー(1976)
【ニッポンの名曲】#62
作詞:喜多條忠 作曲:吉田拓郎 編曲:萩田光雄

メランコリー[EPレコード 7inch]

歌謡曲を書かせたらまさに天才的だった頃の、吉田拓郎作曲の名曲。

歌詞に合わせてマイナーから始まり、途中で転調して明るい表情に変わり、最後はまたマイナーに戻るという展開が、いろんな顔を持つ女性の心を表しているようで見事だ。

女は愚かで可愛くて
恋にすべてをかけられるのに

今だったら大炎上しそうな歌詞だけれど、昭和の女性にはそういう人もいたのだ。
今だっているかもしれない。そういう女性を可愛いと思い、夢中になる男性ももちろんいるだろう。

歌は一般論ではない。あくまで個別の事例を歌っているだけである。

この曲のレコーディングに立ち会った吉田拓郎は、梓みちよに「もっと下手に歌ってください」と指示したという。

たぶん、よりリアリティを持たせようとしたのだろう。
たしかに、梓みちよはまるでスナックでカラオケでも歌うような、あまり声を張らずにボソボソと歌っているのが面白い。これはこれで凄く良い。

そんな無茶振りにも完璧に歌い上げた梓みちよは「わざと下手に歌ってくれとか、フォークの人って変な人たちね」と言い残して去ったそうだ。

わたしはこの曲がいちばん好きだ。
梓みちよが美しすぎて、涙が出そうだ。

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