【きょうの余談】わたしはときどき、ヤツに強い憤りを感じる。

(写真左:エディ・コクラン 右:ジーン・ヴィンセント)

米ミネソタ州出身のエディ・コクランは、1955年にハンク・コクランと組んだカントリー・デュオ、コクラン・ブラザーズとしてデビューする。
2人ともコクランで、ブラザーズを名乗ってはいるけれど、血縁関係ではなく、赤の他人である。「堂本兄弟」みたいなものだ。

3枚目のシングルにプロデューサーの提案で、当時新しい音楽として流行し始めていたロカビリー・タイプの曲を録音する。
しかし、ハンクはそれが気に入らず、コンビを解消することに。

その後ハンクはカントリー・シンガーとしても、ソングライターとしても成功し、2010年に死去した後、カントリー・ミュージックの殿堂入りを果たした。

一方のエディは18歳で「バルコニーに座って」でソロ・デビューする。
そして「サマータイム・ブルース」などの大ヒットで、ロックンロール草創期の立役者となった。

別々の道を歩み、アメリカ音楽の歴史に名を残した2人だが、エディがたった21歳でこの世を去ったことを思うと、その道が「正しかった」とは軽々しく言い難いものがある。

1960年1月から3カ月に及んだ、ジーン・ヴィンセントと共演したイギリス・ツアーで、2人は疲弊しきっていた。ジーンは自殺をほのめかすほどの半狂乱で、エディはうつ状態だったという。

1960年4月16日、その日の朝にマネージャーから渡されたアメリカ行きのチケットに2人は歓喜した。タクシーを待つあいだ、2人は何時間もただ座って航空券を眺めていたという。

タクシーは飛行機の時間に間に合わせるため、時速110kmの猛スピードでヒースロー空港に向かったが、その途中でコントロールを失い、街路灯に激突した。

ジーン・ヴィンセントは鎖骨を折る重傷を負い、エディ・コクランは衝突の瞬間、同乗していた婚約者のシャロンを守るために彼女に覆い被さったが、後部のドアが開いて車外に投げ出された。病院に搬送されたものの、翌17日午後4時10分に死亡した。21歳だった。シャロンは軽傷で済んだ。

このニュースはイギリスでは大きく報道されたものの、アメリカではほとんど報道されなかったという。「サマータイム・ブルース」から既に2年が経っていたためだろう。きっとこの頃、時代は恐ろしいスピードで移り変わっていたのだ。

それにしても、西洋の神様というのは信じ難いことをする。

20世紀の前半は世界大戦が連続し、人類は滅亡の危機に瀕していた。各国は地球を何百回も壊せるほどの気違いじみた武器を持つ有様だった。

恐怖と憎悪で錯乱状態になった人類に、きっと造物主である「神」は慌てたのだろう。

このままでは人類は自滅し、地球は死の星となるだろう。
せっかく造ったのに。

慌てて、人類がハッピーな方向に歩みを変えるように、神は使徒として妖精たちの一団を送り込んだのだ。

その妖精たちが、エルヴィス・プレスリー、チャック・ベリー、リトル・リチャード、ジェリー・リー・ルイス、バディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパー、エディ・コクラン、ジーン・ヴィンセント、などなどである。

彼らは神に与えられた使命により、まだ錯乱をまぬがれている若い世代を熱狂させる魔法の音楽、ロックンロールを与えた。

しかし1955年に神によって送り込まれた使徒たちは、1959年にはその使命をあらかた終えると、突然表舞台から姿を消したり、この世から去ったりした。

1957年、人気絶頂のリトル・リチャードは搭乗した飛行機が墜落の危機に遭い、神に祈って救われたため、そのまま引退して神職に就いた。

同年、ジェリー・リー・ルイスは、13歳の少女と結婚していたことが判り、スキャンダルとなって糾弾され、仕事を失い、表舞台から姿を消した。

1958年にエルヴィス・プレスリーは、徴兵により、空軍に入隊した。2年後に除隊するものの、その後は映画出演を中心に活動し、およそ10年間、人前で歌うことはなかった。

1959年にはチャック・ベリーが、メキシコで出会った14歳の少女に売春を強要した容疑で逮捕され、5年の懲役に服すことになる。さらにその年、バディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーが飛行機事故でこの世を去った。

そして最後を締めくくるように、その翌年の1960年には、上記の事故でエディ・コクランが死亡、ジーン・ヴィンセントが重傷を負う。
これで全滅である。

このの非情さ、残酷さにわたしは唖然としてしまう。

ヤツは無表情に、ただ淡々とパソコンのキーを叩いて、地球を管理しているかのようだ。コーヒーを啜り、ときどきドーナツでも頬張りながら。わたしはときどき、ヤツに強い憤りを感じる。

神というヤツは万能であるけれども、唯一欠落しているのが「愛」という感情なのだろう。

だからわれわれ人類は「愛」を欲しがってやまず、世界中の歌手たちが「愛」を歌わずにはいられないのかもしれない。