【きょうの余談】死ぬまでにもう一度見たい映画を考える

タクシードライバー』のあらすじと考察|『JOKER(ジョーカー)』観る前にみたい映画 | neochiradio

さて、今回は映画のことを書こうと思うのだが、いつもやってる【名曲ベストテン】みたいな感じで、【映画ベストテン】みたいな記事を書いたり、過去に見た映画をお薦めしたりするのはわたしにはとても無理だ。

あの映画は良かったとか、最高だったとか、そのときの感想だけは何年経ってもはっきり憶えているのだが、肝心の映画の内容をわたしはほとんど憶えていないからだ。

たとえ憶えていたところで、30年前のわたしが最高だと思った映画が今観ても最高だとは限らないし、そもそもわたしは若い頃のあのクソ人間みたいなわたしの感性など、まったく信用していないのだ。自分の年齢や時代の変化によっても見方や感じ方が変わってくるのは当然だし、だから何十年も前に観た映画を「あれは素晴らしい映画だよ」とわたしは簡単に言うことができないのだ。

だから常々、過去に見た映画をもう一度見直してみたいとは思っている。良かった記憶のある映画が本当に今観ても良いのか、確かめてみたい気持ちもある。

なのでときどき、サブスクやレンタルなどで見直したりもする。ちなみにわたしは「映画は映画館で観ないとダメ」派ではない。テレビサイズで何の問題もないし、安上がりだし、途中で停めて用を足すこともできる分、そっちのほうが好きなぐらいだ。

そんなふうにあらためて見直してみると、思ってたほど良くなかったりするときもある。若い頃に観て、以来三十年間「あれは傑作だ」と思い込み、ときには人にグイグイ薦めていた作品が意外にそれほどでもなかったときの困惑と絶望感はなかなかのものだ。しかし同時に、まあわかってよかったなという晴れやかな気持ちにならなくもない。

一方、あらためて見直して、やっぱり良いなーと思えたときにはさらに晴れやかな気持ちになれる。確信を得た感じだ。
そのうえさすがに二度見たものはかなり強く記憶に刻み込まれるし、初見とは比較にならないぐらい理解も深まる。
新しい映画を見るのはもちろん楽しいが、それを全部片っ端から忘れていくだけではなんだか虚しい。以前に見て好きになった映画をもう一度見てみることもまた、より深くより隅々まで映画を味わえる充実した時間だなと最近はとみに思うようになった。

そんなわけで、「死ぬまでにもう一度見たい映画」を考えてみようと思う。

それであらためて再見した結果、今の自分には全然合わず、困惑し絶望したとしても、それはそれでいいだろう。時代のカベを超えられなかったものや、若きクソ人間だったわたしの一時の気分だけで傑作と思い込み、したり顔で語ったり、ましてやそれを人に薦めてしまったりするよりは。

逆に時代を超越して心を震わす名作なら、忘れてしまったままではなくて、ちゃんと深く理解し、記憶に刻み込んで死にたいと思うのだ。

【初めて見た映画】

思い出しやすいように、初めから順番に記憶をたどる。

これはよく憶えてるのだけれども、わたしが父に連れられて初めて映画館に行ったのが1971年の『ゴジラ対ヘドラ』だ。わたしは5歳だった。

ゴジラ対ヘドラ

気持ちの悪い映画だった。その怪獣ヘドラの造形もそうだが、公害によって生まれた怪獣という当時の社会問題をテーマにしている話で、ゴーゴークラブやサイケデリック文化、モラトリアムなど当時の若者文化も採り入れた演出は、妙に尖っていてそのうえ暗く、子供心にわけのわからない不気味さを感じたものだ。後に知ったが、ゴジラシリーズの中でもかなりの異色作であるらしい。一発目からエラいものに当たったものだ。

その翌年は『ゴジラ対ガイガン』(’72)、翌々年は『ゴジラ対メガロ』(’73)に連れて行ってもらったが、74年の『ゴジラ対メカゴジラ』(’74)の公開直前に両親が離婚して母子家庭となってしまったため、それ以降映画を観に行くということは一切なくなってしまった。

大人になったわたしは怪獣映画にあまり興味はなく、ゴジラシリーズも数本しか見ていないが、この『ゴジラ対ヘドラ』だけは死ぬまでにもう一度見てみたいなと思う。

【忘れたくても忘れられないトラウマ映画】

子供のころにTV放映で見た洋画でひとつだけ、忘れたくても忘れられない映画がある。

『スクワーム』(’76)というアメリカ映画で、狂暴化したゴカイが大量発生し、人を襲うというパニック・ホラーだ。

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ゴカイが人の皮膚の下に潜り込んで這いずり回り内側から喰い殺していく様や、浴室のシャワーのノズルからボタボタとゴカイが降ってきて浴槽が満タンになっていくシーンなど、とにかく強烈に気持ちの悪い映画だった。

今でもその映像をはっきり思い出せるが、そんなトラウマを植え付けるほどの強力な映像だったということはもしかするとなかなかの傑作だったのかもしれない。もう一度見てみたいような、二度と見たくないような、複雑な気持ちだ。どっちかと言うと、見たいかな。

そんな気持ちの悪い映画の記憶が2本のみというほぼ映画とは無縁な、身も心も貧しい少年時代を過ごしたわたしだったが、それがひょんなことから人並み以上に映画に縁のある人生に変わったのは、17歳で映画館に就職したのがきっかけだった。それから10年間映画館で働き、その後レンタルビデオ店の店長を5年勤め、さらにそのビデオレンタル・チェーンのバイヤーを15年勤めることになる。

幼少のころに生き別れた父とは、約30年後に再会した。
たまたまわたしが仕事で、彼が住んでいると聞いたことのある地方へ出張する機会があり、ふと思いついて電話ボックスに置いてあった電話帳を調べ、電話してみたのだ。電話はつながり、そのまま彼の家を訪ねることになった。

お互いにもう大人だし、感動の再会というほどの感慨もなく、わたしのほうにもとくに恨みつらみがあったわけでもなく、和やかな雰囲気で近況を話しながら、用意してくれた出前の寿司を食べた。
そのときに初めて知ったのだが、父は若い頃からずっと、かなり熱心な映画ファンなのだった。そうとも知らずにその息子がたまたま映画に関わる仕事をしていたことは、わたしや父よりも、父の再婚相手である同居の女性がしきりに驚き、感心していたものだ。

父の家を辞去する際に再会を約束しながら、手渡されたのが下の写真の本だ。なぜこんなものを持たされたのかよくわからないが、わたしは映画は観るが、映画雑誌を読む習慣も興味もまったくないので、今日までこの本を開くことは一度もなかった。

このブログの続きを書くための参考に、この本をあれから20年後の今日、初めて開く。

(goro)

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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