不当に低評価されすぎた彩り豊かな音楽性の名盤【ストーンズの60年を聴き倒す】#39

Goats Head Soup [Standard CD]

『山羊の頭のスープ』(1973)

“Goats Head Soup” (1973)

The Rolling Stones

ローリング・ストーンズ・レコードからの第三弾、『山羊の頭のスープ』は1973年8月31日にリリースされた。

今回も68年の『べガーズ・バンケット』から共同作業が続いているジミー・ミラーのプロデュースだ。彼のプロデュース作は5枚目となったが、今回は前作『メイン・ストリートのならず者』とはガラリと印象を変える作品となった。

本作は、ちょうどボブ・マーリィが英国でも知られるようになった時期の、ジャマイカで録音されている。録音スタジオはジミー・クリフが前年に「ハーダー・ゼイ・カム」を録音したスタジオで、エンジニアも同じだった。とは言え本作にレゲエナンバーは入っていない。ストーンズがレゲエを取り入れるのはもう少し先の話だ。

前作に比べると、アルバム全体にポップな彩が増し、ディープなルーツ・ミュージックの要素は後退している。当時最新のソウルやファンク、そしてシンプルかつ猥雑なロックンロールが中心になっているのは当時流行のグラム・ロックの影響もあるのかもしれない。

SIDE A

  1. ダンシング・ウィズ・ミスターD – Dancing With Mr D
  2. 100年前 – 100 Years Ago
  3. 夢からさめて – Coming Down Again
  4. ドゥー・ドゥー・ドゥー…(ハートブレイカー) – Doo Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)
  5. 悲しみのアンジー – Angie

SIDE B

  1. シルヴァー・トレイン – Silver Train
  2. お前の愛を隠して – Hide Your Love
  3. ウィンター – Winter
  4. 全てが音楽 – Can You Hear The Music?
  5. スター・スター – Star Star

アルバムは絶妙にゆっくりなテンポの不気味なダンスナンバー「ダンシング・ウィズ・ミスターD」で幕をあける。この、悪魔がニヤニヤしながら腰を振るようなギターリフのネバっこいグルーヴがたまらない、PVのキース・リチャーズはどっかイッちゃってる感じだし、エンディングではミック・ジャガーの尻振りダンスが、まあ憎たらしいこと。

「100年前」はストーンズの代表曲や名曲として挙げられることはないし、ライヴでも通算で2回しか演奏されていないらしいが、わたしは最初に聴いた時から好きだ。隠れた名曲だと思っている。フックのある歌メロも好きだし、後半のビリー・プレストンのクラビネットとミック・テイラーのワウワウギターによる、目にも止まらぬ怒涛の斬り合いのようなアクション・パートもカッコいい。

「夢からさめて」は、キースが書き、リード・ヴォーカルもとっている。この曲についてキースは「ヘロインがなかったらあれは書いてないだろうな」と発言している。ヤクが切れたときの悲しさを歌っているのだろうか。当時グラム・パーソンズを通じて知ったカントリー・ミュージックの「心の琴線に触れる、物悲しさ」にも影響を受けたと語っている。ニッキー・ホプキンスのピアノが美しい。良い曲なのになぜかライヴで歌ったことはないらしい。

「ドゥー・ドゥー・ドゥー…(ハートブレイカー)」はイントロからもうカッコいいが、サビの悪魔風コーラスといい、途中の急に叙情的なギターソロ、後半を盛り上げるブラスといい、ファンクの衣裳を纏ったロックンロールという、ミクスチャー・ロックのようでもある。歌詞は「ニューヨークの警官が人違いをして、少年の心臓に弾丸をぶちこんだ」とか「10歳の少女が腕に注射針を刺し、汚い路地で死んだ」など、ハードな内容だ。

「スター・スター」はパワー漲るチャック・ベリー流ロックンロールだ。意外にこういう曲ほど長年聴き続けていても飽きないのは不思議なものだ。
この曲はもともと「スターファッカー」という恐るべきタイトルだったが、レコード会社の社長の逆鱗に触れ、社長直々の指示で「スター・スター」に変更されたらしい。

「ウインター」は有名曲ではないけれど、ストーンズの名バラードを10曲選んだら、確実に入ってきそうな曲だ。木枯らしが吹き、粉雪が舞うクリスマスのにぎやかな街を、両腕で身体を抱えて震えながら、白い息を吐きながら歩く情景が浮かぶような曲だ。凍えながら、人との温もりも目標も見失ってしまって、虚無的になって。アレンジも美しい。

ストーンズの最高傑作として挙げられるアルバムが、多くの場合本作以前の4タイトルであることが本作の立ち位置を物語っている。当時は否定的な評価も多かったらしい。

ストーンズの黄金時代を支えたジミー・ミラーは、本作限りでプロデューサーを降りることになる。これはストーンズがその方向性を変えようとしていたことに他ならないだろう。

しかし前作までと方向性の違いはあったとしても、このアルバムもまた名盤を名乗るクオリティ充分の傑作だ。

ストーンズの下手なモノマネとも言える、当時英国で大流行したグラム・ロックたちはそのほとんどが結局一瞬で消え去り時代の徒花となったが、もしもそのうちの誰かが本作のようなアルバムを残していたとしたら、伝説的名盤として聴き継がれたレベルである。

本作からのシングル・カットは「悲しみのアンジー/シルヴァー・トレイン」(全米1位、全英1位)と、米国のみだが「ドゥー・ドゥー・ドゥー/ダンシング・ウィズ・ミスターD」(全米10位)だ。とくに世界的なヒットとなった前者は新たなファンを獲得し、その勢いを借りてアルバムも全米1位、全英1位、そして日本でもオリコン7位とそれまでのストーンズのアルバムで最も売れた作品となった。

「悲しみのアンジー」はストーンズとしては異色すぎる、抒情的なフォークソングのようなバラードだ。

日本人好みでもあるのか、日本でもオリコン26位まで上がるヒットとなり、97年にはドラマの主題歌として使用され、シングルCDも再発された。

コアなストーンズ・ファンほど好きな曲にこれを挙げるのはなんとなく憚られるが、でもきっとストーンズ・ファンはみんな好きに決まってるのだ。
ある日本の評論家が「アンジー」について「この曲のおかげでアルバムは評価を下げた」と10年ぐらい前に書いているのだが、わたしには理解ができない。素晴らしく美しい名曲だと思う。ブルースやロックンロールじゃないからだろうか。わたしはストーンズの、何にでもチャレンジする精神と懐の深さ、結局それで最高のものを生み出してしまう底知れぬ才能の泉に畏敬の念を抱くのだ。

「アンジー」があり「ミスターD」があり「ウインター」があり「スターファッカー」がある、そんな音楽的な幅の広さ、豊かさこそが何よりもストーンズらしいということだと思える。その意味で本作『山羊の頭のスープ』は、やはりストーンズらしい名盤と言えるのだ。

(Goro)

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