名盤100選 13 ザ・バーズ『ミスター・タンブリンマン』 1965

ミスター・タンブリン・マン

60年代アメリカのバンドで1番好きなのはバーズだ。
この作品は彼らのデビュー・アルバムである。

彼らの独特のサウンドがどういうアイデアや試行錯誤を辿って作り出されたのかは知らない。
現在の耳で聴けば、とてもシンプルで、とくに変わったことをやろうとしてるようには聴こえない。
でもバーズ・サウンドは一聴してそれとわかるし、それ以前に彼らのようなサウンドを作り出したバンドはいなかった。
音の数もどちらかというと少ない。音圧ではったりをかますバンドじゃないので、必要な音だけで、無駄がない。
それが絶妙なバランスで、その透明でシンプルなサウンドが空間に響き渡る。

わたしが大音量で聴いて最も楽しいのも、このバーズだ。パンクやヘヴィ・ロックではない。
今は休日の朝で、窓を開けて、バーズをなかなかの音量で聴きながらこれを書いている。

デビュー曲でもある、アルバム1曲目の「ミスター・タンブリンマン」には奇跡のような空気が真空パックされている。
奇跡のような空気というのは、ロック・ミュージックが誕生した瞬間の空気のことだ。

1965年、この曲をスタジオで録音しているまだ無名の若者たち。
じゃあとりあえずやってみてよ、とガラスの向こうのブースから指示がある。
ビートルズを真似た髪の長い若者が十二弦ギターのイントロを弾くと、おっ、という感じでディレクターや録音技師たちが顔を上げる。
歌が入り、曲が進むにつれ、その音楽の響きの新しさに、その場に立ち会った人々はこれまで感じたことのない高揚感を感じる。
その音楽には時代の空気にぴったりのリアリティがあり、サウンドはシンプルながら美しく、奇跡のようにきらめいている。
スタジオの外にいた他の同業者や、バンド好きの女の子たちもその新しい響きを聴きつけて集まってきた。ガラス越しに人が集まってきて、音楽に合わせて体を揺らしている女の子たちや、聴いたこともない新鮮なサウンドに口をぽかんと開けて聴き入っているバンドマンたちの姿が見える。
3分弱の短いその曲が終わる頃にはスタジオは興奮に包まれている。
彼らはその時点ではまだ知る由もないが、彼らが誕生の瞬間に立ち会ったそのロック・ミュージックのスタイルは、その後ほとんど永遠のように聴き継がれる。
アメリカ合衆国で、そして世界中の国々で、若者たちを夢中にさせていく。

とそんなことがあったかどうかは知らないが、わたしは「ミスター・タンブリンマン」を聴いているとそんなことを想像してしまうのだ。
この2分34秒には、音楽といっしょにそんな奇跡のような空気が真空パックされている気がする。

「ミスター・タンブリンマン」はボブ・ディランが書いた曲で、1965年3月に発表されたアルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』に入っている。アコースティック・ギターとピアノの伴奏だけの地味な曲だ。
驚くべきことに、バーズの画期的なバンド・サウンドをつけたそのカバー・バージョンは、そのディランのオリジナル発表のわずか3週間後にシングルとして発売されている。
そして全米No.1ヒットとなり、その1カ月後には同名タイトルのデビュー・アルバムが発売される。
このあたりは、いかにこの時代の変化が猛烈なスピードであったかを物語るものだ。

それにひきかえ、最近のバンドのだらしなさはどうだろう。
バーズはこのあとの5年間で、10枚のオリジナル・アルバムを発表している。年に2枚のペースである。
ビートルズやローリング・ストーンズなど、その当時のアーティストというのはだいたいそんなものだ。年にアルバムを2枚とシングルを4枚。

ところが最近の新人バンドはファースト・アルバムから2年ぐらい経ってやっとセカンド・アルバムみたいなことが普通だし、3年ぶりの新作!なんていうアーティストもざらである。
もう充分に稼いだベテラン・アーティストならともかく、新人でなにをそんなにのんびりしてるのかと不思議に思う。
勢いのあるうちにもっとガンガン作品を世に出していかないでどうする。

アルバム『ミスター・タンブリンマン』にはボブ・ディランの曲をカバーしたものが4曲も入っている。
その後もバーズはボブ・ディランのフォークソングを何曲もバンド・アレンジでカバーした。
わたしはボブ・ディランも好きだが、これもバーズの影響が大きい。
いやディランはバーズを聴くずっと以前から聴いていたし、バーズでディランを知ったわけではない。
しかし、ディラン作品をバーズのカバーで聴いて、あれっ、この曲ってこんな良い曲だっけ、と思い、あわててディランの原曲を聴きなおし、今までさんざん聴いてたくせにこんなに良い曲だったとはちっとも気がつかなかったなあと、その自分の聴きかたのいい加減さが恥ずかしくなったりもしたものだ。

ディランはやたらと難しい歌詞のことばかりが取り上げられがちだけど、実は彼の真髄はポップでキャッチーなメロディを書くメロディ・メーカーとしての才能なんだなと遅まきながら気づいたものだ。

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コメント

  1. 1964 より:

    Unknown
    この曲録音の演奏はスタジオ時間が限られていたためプロデュサー、テリー.メルチャー関連でグレン.キャンベル、レオンラッセル、ハルブレーン(ドラム)と当時最強のスタジオミュージシャンが演奏しています。バーズのメンバーではジムが12弦ギターで参加とあります。