101回目のボブ・ディラン
今年のフジロックのヘッドライナーとして出演が決まったボブ・ディラン。
その表記が「BOB DYLAN & HIS BAND」だったので、わたしはTHE BANDと見間違えて一瞬鳥肌が立ってしまったことを告白しておこう。来るわけないのに。
そしてディランはなんと今回で来日公演が101回目となるそうだ。
親日家ではないか。
ノーベル賞受賞後では初の来日公演ということになる。
ノーベル賞の報道でボブ・ディランを知らなかった若い世代もその名を知ることになったと思う。
「ちょっと聴いてみようかな」などと思った、きっとIQが高いにちがいない若者もいるかもしれないので、そんな方に向けて、はじめてボブ・ディランを聴くのにふさわしい名曲、10曲を厳選してみた。
世界的に有名なロック史に残る名曲を、とっつきやすい順に並べてみたので、気に入ったらぜひ聴き進めていってください。
1. 風に吹かれて(1962)Blowin’ in the wind
「とっつきやすい順に並べた」とは書いたものの、まあこれだ。
そもそもボブ・ディランの音楽が、今の若者にとっつきやすいはずもないのだけど、それでもまあ、ディランを聴いてみようと思うならこの曲ぐらいはクリアできないともう話にならないので仕方がない。
ここで挫折してしまった人はもう、ボブ・ディランはあきらめよう。
彼の歌詞の世界がポピュラーミュージックに与えた大いなる影響を評価されてノーベル賞を授与され、恥ずかしそうに貰ったボブ・ディランだったが、その彼の歌詞が最初に世界的な評価を得たのがこの曲だった。
「風に吹かれて」の歌詞は、詩的で美しいイメージで描かれながら、哲学的な問いかけと現実の社会への問いかけが同居したものになっている。
いつの時代になってもなぜ戦争はなくならないのか、その人類にとって重要過ぎる答えを、残念ながら人は手にすることなく、風に吹かれて舞っているのだというイメージは美しく、皮肉っぽくもあるが、虚無的である。
だれもつかむことができないのだから。
まだ少年の面影が残るたった21歳の若者が書いたものとは思えないほど、いろいろな想いや深い思索を喚起させる歌だ。
2. ライク・ア・ローリング・ストーン(1965)Like a rolling stone
その美しいイメージの「風に吹かれて」とは真逆と言っていいぐらいの、「落ちぶれた上流の女め、ざまあみやがれ」的な歌詞が凄い曲だ。どっちかというとこっちのほうが、これぞディラン、という感じはする。
当時としては「階級闘争」的な意味合いも含んでいたのかもしれないが、こんな、人の転落人生を笑うようなポップソングはなかなかないだろう。
でも最後には「でもそれが本来の人間らしい生き方なんだよ、それでよかったんじゃないか」と肯定し、やさしく励ますのである。
また、この曲はフォークシンガーのイメージが強かったディランが、彼なりのロックを完成させた曲でもあった。
それは「フォーク・ロック」と呼ばれて、その後のアメリカン・ロックの原型のひとつともなった。
3. 女の如く(1966) Just like a woman
ボブ・ディランを代表する名盤、7枚目のアルバム『ブロンド・オン・ブロンド』に収録された名曲。
このアルバムはカントリーの聖地、ナッシュヴィルで録音された。
保守的なイメージでロックとは真逆の世界だったカントリーの聖地で、ロック・アーティストがレコーディングするということだけでも当時は画期的なことだった。
また、このアルバムは、ロック史上初の2枚組アルバムでもある。
初期のディランがやっていたことはなにもかも史上初みたいなところがあったので、どのアルバムも実験中のような未完成の粗っぽさがあり、それこそが魅力でもある。
しかし、このアルバムは完成度が高く、ナッシュヴィルの名手たちのおかげなのか、アレンジがまた素晴らしい。
もともとメロディメーカーとしての才能にあふれたディランの楽曲が、それにふさわしいアレンジで黄金の輝きを放っている。
このアルバムは、ロックにカントリーの要素を最初に取り入れたアルバムとして、ロックシーンの最先端だった。1966年のことだ。
4. 天国への扉(1973) Knockin’ on Heaven’s Door
この曲は1973年公開のアメリカ映画『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』の挿入歌である。監督はサム・ペキンパー、主演はカントリー歌手のクリス・クリストファーソンだ。
この映画にディランは出演し、サウンドトラックも担当した。ディランは、西部の無法者ビリー・ザ・キッドの子分役である。
サウンドトラック『ビリー・ザ・キッド』は10曲入りですべてディランが書いているが、歌が入っているのは4曲だけで、そのうちの1曲であるこの「天国への罠」はシングルカットされ、全米12位まで上がる大ヒットとなった。
ディランの曲としてはメロディがはっきりしていて、サビもはっきりしていて、歌い方もアレンジもはっきりしていて、わかりやすい曲である。
そのせいか、数多くのアーティストがカバーしている。
No.5 ハリケーン(1975) Hurricane
“ハリケーン”とは、ニュージャージー州出身の黒人ボクサー、ルービン・”ハリケーン”・カーターのことだ。
1961年にデビューして40戦で27勝、世界チャンピオンを敗ったこともある実力の持ち主だった。
しかしカーターは、酒場で銃を乱射して4人を殺傷した容疑で逮捕され、人種差別的な不公平な裁判によって終身刑とされた。
カーターは獄中で書いた自伝を出版し、冤罪を訴え、それに興味を惹かれたボブ・ディランは自ら取材し、この歌を書いたのだった。
この曲が発表されてから13年後、カーターは無罪を勝ち取り、20年ぶりに自由の身となった。
彼の半生と事件の経緯は1999年公開の米映画『ザ・ハリケーン』で描かれ、デンゼル・ワシントンがカーターを演じている。
もちろんボブ・ディランのこの曲が、映画の主題歌として使用されている。
70年代のディラン作品の中でも最高傑作といえる名曲のひとつだろう。
全キャリアを通しても、これほどディランが前のめりで激しくロックしている曲は多くない。ディランの想いの強さが伝わってくるようだ。
フィドルをメインに据えたアレンジがまたカッコいい。
6. いつまでも若く(1974)Forever Young
ディランの14枚目のアルバム『プラネット・ウェイヴズ』収録曲。
なぜかこの曲は、アルバムのA面の最後にスロー・バージョンが、B面の最初にファスト・バージョンが収録された。
だから今CDで聴くと、遅いのと速いのを連続で聴くことになる。
ボーナス・トラックでもないのに2ヴァージョン収録するとは、相当思い入れが強かったか、どっちを採用するか迷った挙句決められなかったか、のどちらかだろう。
わたしはスロー・バージョンが好きだ。なんだかわからないが、泣けてくる。「いつまでも若く」なんて、泣けないおじさんがいるだろうか。
バックの演奏はザ・バンドだ。
7. ブルーにこんがらがって(1975)Tangled Up in Blue
15枚目のアルバム、『血の轍』の冒頭を飾る曲だ。
シングルカットもされて、全米31位のヒットとなった。
それまでのディランのアルバムに比べても急に音がクリアで良い音になったのが印象的だった。
明るいメロディとサウンドが聴きやすくて好きな曲だが、歌詞は難解すぎて全然意味がわからない。このサイトで詳しく歌詞と内容を解説しているので、興味のある人はこちらへ。
8. ミスター・タンブリンマン(1964) Mr. Tambourine Man
1964年、5作目のアルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』収録曲。
カッコいいジャケだ。この自信に満ちたような、挑戦的な表情がいい。
「フォークはもう終わりだ。ロックでいくぞ」って言ってるみたいな。
このアルバムからディランはロック・アーティストへの一歩を踏み出したのだった。
と言ってもここで選んだ「ミスター・タンブリンマン」はまだアコギとピアノだけだ。
もしもこれを聴いてピンと来なかったら、ぜひザ・バーズの「ミスター・タンブリンマン」を聴いてほしい。実はすごくポップなメロディの曲だということがわかるはずだ。
そっちが気に入ってからもう一度、ディランのバージョンを聴くと「ああ、こんないい曲だったのか」ってなるから。
9. 時代は変わる(1964)The Times They Are a-Changin’
ディランの3枚目のアルバム『時代は変わる』のタイトル曲だ。
初期の弾き語り時代のディランの曲では「風に吹かれて」と並んで有名な曲である。
今まさに時代を変えている真っ最中だった若者による「時代は変わる」というメッセージは説得力もあっただろうし、新しい時代がやってくる期待と興奮に包まれながら聴いたに違いない。
実際、時代を変えちゃったことに間違いはない。
わたしはこの曲の、なんだか自信に満ち溢れたようなメロディと歌声が好きだなあ。
10. 見張塔からずっと(1967)All Along The Watchtower
ディランの8枚目のアルバム『ジョン・ウェズリー・ハーディング』収録曲。
この曲はシングルカットはされたものの、チャートインしなかった。
しかしジミ・ヘンドリクスのカバーによって有名になった。
ジミヘンのカバーはもちろんエレキギターを中心とした、強烈なギターソロもたっぷりあるハードなロックバージョンとなっている。
ニール・ヤングやU2も、ジミヘンを手本にしたような、エレクトリックバージョンでカバーしている。
だいたいわたしは、ディランの曲はバーズなどがカバーしたバージョンのほうをうっかり好きになってしまう不届きものなのだが、しかしこの曲に関しては、ジミヘンよりもニールよりもU2よりも、オリジナルのアコースティックバージョンが圧倒的にカッコ良くて、好きだ。
ハーモニカのイントロで始まる、キレのいいアコギといつにも増してカッコいいディランのヴォーカルによる、あのバージョンがたまらなく好きなのである。
たった3つのコードの、アコギとハーモニカによる鮮烈なロックンロールだ。
おめでとうございます!
ここまで読んでくれて、しかも10曲すべて気に入ってしまった方は、もう立派なボブ・ディランファンです。なんならすぐにフジロックのチケットを予約しましょう。
膨大な数があるアルバムをゆっくりじっくり聴いていきましょう。死ぬまでずっと楽しめるはずです。