キンクスは英ロンドン北部マスウェル・ヒルで、レイとデイヴのデイヴィス兄弟によって結成され、1964年にデビューした。
ビートルズ、ストーンズ、ザ・フー、そしてキンクスは、当時《4大ブリティッシュビート・バンド》などと呼ばれた。
残念ながら現在では、ビートルズ、ストーンズ、フーに比べると、若干影が薄いのかもしれない。いや「若干」ではなく、たぶん「断然」。
しかし、ロックの全歴史を通じても、「いちばんイギリスらしいロックバンド」と言ったら、わたしは真っ先にキンクスを思い浮かべてしまう。
その世界観も音楽性も良い意味でひねくれていて、実験性に富んでいるのに根底は叙情的でノスタルジック。
現在にまで至る英国ロックの特長である、フック(つかみ)のあるメロディや、泣きメロは、実はこのキンクスが発祥と言っても過言じゃないのではないか。
わたしは根っからの女々しい性格なので、どうしてもそういう曲に食いつきやすいのだ。
ここでは、そんなキンクスをはじめて聴く人のために、たった10曲でもキンクスがわかる、至高の名曲を選んでみました。
You Really Got Me
まずはキンクスで一番有名なこの曲から。
キンクスの3枚目のシングルとして発売され、全英1位、全米7位という大ヒットなった。
歪んだギターの音は、デイヴ・デイヴィスがギターアンプに剃刀で傷をつけてあえてひび割れた音にしたそうだ。
レイ・デイヴィスがキングスメンの「ルイ・ルイ」を弾いていて思いついたディストーション・ギターのリフだけでほぼ出来ているこの曲は、その後のハード・ロック~ヘヴィ・メタルの元祖と言われたりもする。
この曲もまたロック史を変えた偉大な1曲に違いない。
Stop your sobbin’
1964年のキンクスの1stアルバム『キンクス』の最後に収録された曲。
シングルカットすらされていないけど、「これぞレイ・デイヴィス!」と言いたくなるようなソングライティングが素晴らしい。
キンクスの原点は「ユー・リアリー・ガット・ミー」ではなくて、この「ストップ・ユア・ソビン」だとわたしは思っているぐらいだ。
また、その後の英国ロックにも綿々と引き継がれていく、「せつない系」「泣きメロ」という路線の、起源となった楽曲でもあると思う。
この曲をデビュー・シングルに選んだプリテンダーズはカッコよかったな。
Sunny Afternoon
この曲はイギリスにおける、1966年の夏の最大のヒット曲となった。まさに「泣きメロキンクス」の代表曲だ。
歌詞は、豪邸に住んでいる金持ちが税務署に財産を全部持っていかれ、やることがないのでビールをのみながら午後の陽だまりでダラダラしながら、「あー、ラクして生きてー」って言ってる歌なのだそうだ。
わたしが生まれた1966年の曲の中で、たぶんこの曲がいちばん好きかな。
後に日本において「およげ!たいやきくん」として生まれ変わった、という説もある。
David Watts
変えるべきところが見つからなかったのか、ザ・ジャムがほとんど完コピでカバーした、くそカッチョええ曲だ。
勉強もスポーツもできて女にモテておまけに金持ちのデヴィッド・ワッツ、あんなやつに僕もなりたい、と歌う歌だ。
単純な嫉妬なのか、皮肉なのかはよくわからないところだが、たぶん両方だろう。
Waterloo Sunset
レイ・デイヴィスによる、極上の名曲だ。
レイ・デイヴィスなんて言ってもわれわれより下の世代はほとんど知らないのかもしれないけれど、キンクスのフロントマンであることはもちろん、英国ロック史上の最も優れたソングライターのひとりとして、永久に記憶にとどめられるべき存在だ。
レノン&マッカートニーやジャガー&リチャーズも多くの名曲を残したが、なにしろレイ・デイヴィスはひとりで書いているのだ。
ウォータールーがどんなところだか知らないけれど、美しい夕陽に包まれた古い町並みをつい思い描いてしまう、美しい曲である。
窓から外を眺めて暮らしているだけの、ニートみたいな孤独な男の歌だ。
純粋なのにどこか傷ついた心を持っているこの男に、いったいなにがあったんだろう、なんてつい考えてしまう。
The Village Green Preservation Society
「ユー・リアリー・ガット・ミー」で若者たちの度肝を抜き、4大ブリティッシュ・ビート・バンドのひとつに数えられてヒットチャートを賑わせたキンクスだったが、6枚目のアルバム『ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ』がまったく売れず、ヒットチャートにかすりもしないという突然の異常事態が起きた。
それ以来、キンクスのアルバムはイギリスのチャートに一度も入ったことがない。
その音楽はあまりに趣味的で、商売を忘れた嗜好品のような音楽だった。
なにしろ当時、ビートルズはキリストよりも人気があり、ストーンズが悪魔を憐れんだり、ザ・フーがピンボールの魔術師になっていたころ、キンクスはと言えばイギリスの伝統の素晴らしさや田園風景の美しさについて歌っていたのである。
レイ・デイヴィス、当時24歳の若者がである。
素晴らしい、というしかない。
この曲はその、まったく売れなかったが、今もロック史上に残る名盤であり、キンクスの代表作のタイトル曲である。
この素晴らしいアルバムを聴くたびに、売れるとか売れないとかは、ほんとに音楽の価値となんの関係もないものだとあらためて思うのだ。
Victoria
キンクスが1969年に発表した『アーサー、もしくは大英帝国の衰退並びに滅亡』というコンセプトアルバムの冒頭を飾る曲だ。
シングルカットもされたが、全英チャートで最高位33位という、ポテンヒットぐらいだった。
「ヴィクトリア」は19世紀末大英帝国のヴィクトリア女王のことで、イギリスが世界中に植民地支配を拡大していた頃の女王である。
皮肉屋のレイ・デイヴィスがどんなつもりで歌っているのか知らないが、わたしは変に深読みはせず、古き良きイギリス人の想いが肯定的に描かれているものと捉えている。
あのカウンターカルチャーの時代に、若いロックバンドが「古き良きイギリスへの郷愁」なんかを歌っていたらやっぱり売れないのかな。
わたしは全然いいと思うのだけど。
前作の『ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ』がまったく売れなかったにもかかわらず、頑なに路線を変えずに貫き、結果的にこの後の『ローラ』も含めて傑作3部作をのこしたレイ・デイヴィスとキンクスに心からの拍手を送りたい。
Lola
1970年の名盤『ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第一回戦』からのシングルで、全英2位、全米9位の大ヒットとなった。
田舎者の童貞君がローラと名乗る怪力の女に逆ナンされて男になるが、ローラは実は男だった、というユーモラスな歌詞だ。
この時期、1968~70年にかけての3枚のコンセプト・アルバム、『ヴィレッジ・グリーン…』『アーサー、もしくは大英帝国の…』『ローラ対パワーマン…』がわたしはキンクスの最高傑作であり、レイ・デイヴィスのソングライターとしての才能が爆発した黄金時代であると思っている。
Schooldays
この曲はキンクスの18枚目のアルバム『不良少年のメロディ~愛の鞭への傾向と対策』の冒頭を飾る曲だ。アルバムは「学校」をテーマにしたコンセプトアルバムの傑作である。
キンクスは泣ける名曲の宝庫だけど、この曲はその筆頭に挙げられるものだ。
この曲をキンクスの代表曲として語られることはまず無いが、こんな素晴らしい曲をいつまでも「隠れた名曲」扱いしていてはいけない。
これはロック史に残る名曲である。
劇場アニメ『秒速5センチメートル』の映像を使用したMVがまた泣かせる。
Celluloid Heroes
1972年のアルバム『この世はすべてショー・ビジネス』に収録された、ハリウッドへの憧れを描いたと言われる名曲。
マリリン・モンロー、グレタ・ガルボ、ベティ・デイヴィス、ベラ・ルゴシ、ルドルフ・ヴァレンティノなど、古き良き時代のフィルム・スターたちの名前がたくさん出てくる。
この歌はそんなスターたちの名声と苦悩、ショー・ビジネスでの成功と失敗について歌われている。
どこか気品を感じさせるような名曲だ。
以上、【はじめてのキンクス 名曲10選】 でした。
もしもキンクスのCDを初めて買うなら、もちろんベスト盤でもいいですが、あえてオリジナルアルバムを聴いてみたいという方には1968~70年の名盤3連発、『ヴィレッジ・グリーン・プリザベイション・ソサエティ』『アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡』『ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第一回戦』あたりから聴くことをお薦めします。