名盤100選 40 ザ・スミス『クイーン・イズ・デッド』(1986)

わたしがザ・スミスを好むのは、それがよく言われるように彼らが特異なロックバンドだからではない。
わたしからするとほとんどのアーティストがヘンテコなことばかりやっていたように思える80年代の「ロック暗黒期」において、唯一ふつうのシンプルな音楽をやるロックバンドだからだった。

ザ・スミスというバンド名の由来はモリッシーによれば、イギリスで最も多い姓であり、ふつうの男がふつうの人々のことを歌うバンドだからだ、とのことである。
彼らは、アメリカで生まれたロックンロールで描かれる若者の姿「女の子とドライブに行ってサーフィンしてダンスを踊って今夜がチャンス」みたいなファンタジーとは無縁の退屈な世界で生きている人々の世界観を歌った。
セックスはおろか失恋すら無縁の日常を生き、政治や社会がどう変革されようと一切恩恵にあずかれる立場になく、なんの期待を持つこともなく、暴力やドラッグのような危険な世界で生きるタフさも持ち合わせない、そういうどこにでもいるのに完全に社会からも歴史からも文化からも無視され、孤独なまま生涯をなにも成し得ずに消えていくだけの人々の世界観をザ・スミスというバンドは持っていた。

バンド結成以前、モリッシーは親と同居する無職の若者で、ニューヨーク・ドールズのファンクラブを創設し、会長として会報を書いていた。
また、詩集も出版していた。ポップスターが好きで、読書が好きだった。こういう人々のことを現代では「ひきこもり」と呼ぶ。
そのモリッシーの書くシニカルな歌詞とジョニー・マーの書くシンプルだが新鮮なメロディは、イギリスの無職の若者たちを中心に、イギリスでのみ、熱狂的に支持された。

ちなみにそのような世界観を最初に歌にしたのはザ・フーだ。
サウンドこそ似ていないが、イギリスの若者にとってザ・スミスは、80年代のザ・フーだったのかもしれない。

MTVの登場によって、ビデオによるラジオスターの大量殺戮が進められていたころである。
わたしはMTVも80年代のロック・ポップスもあまり好きではない。正直言って、マイケル・ジャクソンの音楽がなぜあれほど全世界で熱狂的に支持されるのか、いまだに理解できないでいる。
ザ・スミスが歌うのは「心に茨を持つ少年」であったり、連続少年殺人事件の犠牲者のことであったり、体罰の横行する学校生活のことだったりする。
ザ・スミスは、アメリカではまったく売れなかった。

ザ・スミスは、80年代にもう少しで消え去ろうとしていたブリティッシュ・ロックの歴史の、最後の種火のようなものだったのかもしれない。その種火は同じマンチェスター出身のストーン・ローゼスそしてオアシスと引き継がれ、ブリティッシュ・ロックは奇跡的に復活し、今に至る。

The Smiths’ Fabulous 10 Songs

1.The Queen Is Dead (1986 “The Queen Is Dead”)
2.There Is A Light That Never Goes Out (1986 “The Queen Is Dead”)
3.Bigmouth Strikes Again (1986 “The Queen Is Dead”)
4.Panic (1986 SINGLE)
5.Hand In Glove (1984 “The Smiths”)
6.How Soon Is Now (1985 “Meat is Murder”)
7.The Boy With The Thorn In His Side (1986 “The Queen Is Dead”)
8.Girlfriend In A Coma (1987 “Strangeways, Here We Come”)
9.This Charming Man (1984 “The Smiths”)
10.William, It Was Really Nothing (1984 “Hatful Of Hollow”)