電子ドラムを派手に打ち鳴らした、機械仕掛けの凶暴で血生臭い問題作【ストーンズの60年を聴き倒す】#53

『アンダーカヴァー』(1983)

“Undercover”(1983)
The Rolling Stones

わたしがまだストーンズを本格的に聴き始める前に、初めてリアル・タイムで聴いたアルバムだ。最新流行の洋楽アルバムとして。

1980年代前半のポップ・ソングは、当時まだ新鮮な響きとしてリスナーを驚かせていたシンセサイザーや電子ドラムなどの電子楽器を競って投入していた。電子楽器の華やかな音がなければ商業的な成功は困難だったと言っても過言ではないほどだった。

当時17歳のわたしにとって、ストーンズが電子ドラムを派手に打ち鳴らした『アンダーカヴァー』は、新鮮で刺激的な、めちゃくちゃカッコいいサウンドに聴こえたものだった。

ミックの主導で最新の機器や流行を積極的に取り入れ、ストーンズらしからぬサウンドに衣替えしたものの、オールド・ファンやオールド頭の評論家からは不評を買ったという。しかしわたしのような当時17歳のガキが「新しい!カッコいい!刺激的!」と素朴に感じたのだから、ストーンズの狙いは決して大きく外れてもいなかったと思う。

今聴き返しても、よく出来たアルバムだと思う。この時代のロックバンドたちの、電子音で飾りつけた間抜けなアルバムをたくさん聴いてきたが、その中では本作はかなりいい線いってるほうだ。間抜けに聴こえるほどにはチャラチャラしていないし、エッジの効いたギターは健在で、電子的なサウンド空間で斬り合いでもしているようなカッコよさがある。わたしは前作『刺青の男』や前々作の『エモーショナル・レスキュー』よりも、挑戦的でオリジナリティがあり、楽曲もよく出来ている本作の方が好きだ。

しかしレコーディングは、平穏無事とはいかなかったらしい。原因は80年代に入ってからますます悪化の一途を辿ったミックとキースの不仲だ。キースは以下のように語っている。

このころは反感と不協和音に満ち満ちていた。ろくろく話もせず、意思の疎通もない。あったらあったで、口論になったり、けなしあったりだ。パリのパテ・マルコニで仕上げにかかっていたころは、ミックは正午ごろから午後五時までスタジオに入るが、俺は夜の十二時から午前五時までだ。これだってまだ最初の小競りあいにすぎなかった。戦争もどきだ。それでも、作品自体は悪くなかった、不思議なことに。(『ライフ』キース・リチャーズ著 棚橋志行訳)

そんなやりかたでよくアルバム1枚作れたもんだと思うが、普段はまったく口も聞かず、ネタ合わせもしない漫才コンビが、舞台に立つと息の合った漫才をするのと似たようなものなのか。

SIDE A

  1. アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト – Undercover of the Night
  2. シー・ワズ・ホット – She Was Hot
  3. タイ・ユー・アップ (恋の痛手) – Tie You Up (The Pain Of Love)
  4. ワナ・ホールド・ユー – Wanna Hold You
  5. フィール・オン・ベイビー – Feel on Baby

SIDE B

  1. トゥー・マッチ・ブラッド – Too Much Blood
  2. プリティ・ビート・アップ – Pretty Beat Up
  3. トゥー・タフ – Too Tough
  4. オール・ザ・ウェイ・ダウン – All the Way Down
  5. マスト・ビー・ヘル – It Must Be Hell

各曲の歌詞は、独裁政治の横暴や殺人および人肉食、貧困や暴力やSMなどについて歌われていて、どこか『レット・イット・ブリード』の血生臭さを想起させるところもある。

1stシングル「アンダーカバー・オブ・ザ・ナイト/オール・ザ・ウェイ・ダウン」が全米9位、全英5位と健闘したが、2ndシングル「シー・ワズ・ホット/シンク・アイム・ゴーイング・マッド」は全米44位、全英42位とイマイチ伸びなかった。B面のレゲエ風のバラード「シンク・アイム・ゴーイング・マッド」はアルバム未収録曲だ。

なんといってもアルバムの白眉はオープニングの「アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト」だろう。この印象的な電子ドラムを叩いているのは当然ながらチャーリー・ワッツではない。レゲエ・ミュージシャン、スライ&ロビーのスライ・ダンバーだ。当時大流行したシモンズの電子ドラムをお祭りの爆竹みたいに盛大に鳴らし、これほどの効果をあげ、しかもエッジの効いたロックナンバーに仕上げた例はわたしは他に知らない。ものすごくチャレンジングでリスキーなことをやってのけ、見事な成果をあげた楽曲だ。

これもスライによる電子ドラムと、ホーン・アレンジが効いているダンス・ナンバー「トゥー・マッチ・ブラッド」もいい。

日本人留学生の佐川一政がオランダ人女性を自宅に呼び出してカービン銃で射殺し、死姦したあと、遺体を生のままやフライパンで焼いたりして食べたという、当時日本でも大きな話題となった「パリ人肉食事件」を歌っている。

アルバムはセールス面では奮わず、全米4位、全英3位と、1969年の『レット・イット・ブリード』以来14年ぶりに、英米の両方で1位を逃した。

上記の引用中、キースはミックとの不仲を「戦争もどき」と表現したが、この後、本格的な戦争へと突入していく。

(Goro)