名盤100選 06『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』 1967


1955年頃にエルヴィスやチャック・ベリーたちによって誕生したロックンロールは順調に成長・発育し、この『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』の発表された67年には思春期を迎えたと言えるかもしれない。

このアルバムはビートルズやビーチ・ボーイズなどのロックンロールのメインストリームとはまったく方法論の違う異形の姿をしていた。
その意味で60年代にビートルズを超えることのできた唯一のバンドと言えるだろう。
67年はビートルズの『サージェント・ペパーズ』という燦然と輝くロック史上最強、不滅の名盤が生まれた年でもある。
ビートルズが世界を制覇した影で、人気のない地下室でひっそり、まるで妖怪人間ベムのようにこのアルバムは誕生し、その瞬間にオルタネイティヴ・ロックという概念も誕生した。
現在に至るまで、このアルバムの影響力は『サージェント・ペパーズ』に勝るとも劣らない。
わたしの主観でいえば、ヴェルヴェッツのほうがより大きな影響を現在に至っても与え続けている。

『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』はアンディ・ウォーホルが自らのアート作品イベントの一部のつもりでプロデュースしたバンドであり、アルバムである。
もともとルー・リードを中心としてアングラに活動していた一風変わったバンドに、ただ美しいだけでたいして歌えもしないヤク中のニコを押し付けて、まるで面白半分みたいにウォーホルが作らせたようなアルバムである(とわたしは想像する)。

ウォーホルには音楽的なセンスは感じられないし、むしろ音楽以外のことしか考えていないと感じる。
このアルバムには音楽的な野心や実験の意図は感じられない。ただ一風変わったものであればいいという悪ふざけのようなコンセプトのみのような気がする。
また、わたしはルー・リードの音楽は好きだが、音楽を生み出す泉を持って生まれたような天性の音楽家には思えない。むしろまったく音楽をやるべきでない、音楽家に向いていない人間のように思う。
そういう人間が生み出す音楽の異形さというものにわたしは他にはない魅力を感じるのだ。

音楽以外のことを考えているプロデューサーと、音楽家に向いていないリーダーのバンドと、ヤク中でろくに歌えない絶世の美女が集まって、最悪の失敗作を作ってこれこそアートだ、とでも言うつもりだったのかもしれない。
しかし残念ながらたぶん誰も意図しなかったマジックのような化学反応が起こり、40年経ってもそのリアリティが色褪せず、悪夢のように美しい、奇蹟の音盤が出来上がってしまった。

失礼を承知で言うが、わたしはこのアルバムは奇跡、偶然の産物だと考える。ウォーホルがこの音楽を意図していたとは思えない。
ビートルズに比べたらかなり音が悪いが、この音質も含めて偶然に素晴らしいのである。もっと音質がクリアだったらこれほど評価されたかどうか疑わしい。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドはこのあと3枚のアルバムを発表するが、楽曲の完成度はどんどん高くなり、ニコが抜けて演奏技術のレベルも上がっていき、もちろん音質もクリアになっていく。
同時にだんだんとふつうのロック・バンドに近づいて行くのだ。
わたしはどのアルバムも大好きだしお薦めしたいが、このファーストほどの孤高の傑作にはなりえていない。

わたしはこのような「偶然」による「奇跡」のような音楽作品にことのほか惹かれる。
有り余る技術と知識で計算されて作り上げられた「名作」にはそれほど惹かれない。それもたしかに楽しめるが、わたしにはありきたりに思える。
なにか人智を超えたようなものがチラッとでも現れるのは偶然による奇跡にしかないからだろう。
人は技術や計算だけで人智を超える瞬間は作り出せない。

それにしてもこのバンドは名前がカッコいい。これ以上カッコいいバンド名をわたしは知らない。
今回これを書くにあたってウィキペディアを見ていた時にこのバンド名の由来を初めて知った。
道端に落ちていたペーパーバックのSM小説のタイトルから付けられたというのだ。
あまりにカッコ良く、出来すぎている感じのエピソードなので眉唾ものだが、わたしはこのエピソードが気に入ったので信じることにする。