名盤100選 28 T.レックス『ザ・スライダー』(1972)

T.レックスを初めて聴いたのはたぶん19か20歳頃のことだったと思う。
聴いたのはこのアルバムだった。1曲目の「メタル・グルー」を聴いただけですぐに好きになった。
一度聴いただけで好きになる、なんてこともあの頃はよくあったのだ。
今は滅多にない。

浦沢直樹の『20世紀少年』という漫画が映画になって大ヒットした。
わたしは漫画は読んだが映画は見ていない。
DVDになってもたぶん見ないだろう。

わたしは漫画という優れた芸術形態のいちばん大事なポイントは、絵が止まっていることだと思う。
連続した動きの中のどの一瞬を切り取れば読者に感動や興奮を与えられるか、そして次のコマ、次の一瞬へどう跳躍するか、それを直感的に選び取るのが優れた漫画家で、われわれはその静止した絵の美しさや次の静止した絵への的確なあるいは意外な跳躍の仕方で感動を覚えるのである。

われわれは頭の中で絵を連続させたり、動いているように想像して楽しむわけではないのだ。
これは連続した動きを動画で見るよりもっと楽しいことである。
それを実写でもアニメでも、連続した退屈な動画に戻してしまっては、まったく面白さを失ってしまうのである。

『20世紀少年』という漫画のタイトルはT.レックスの「20th センチュリー・ボーイ」から取られている。
物語冒頭で中学生の主人公は、放送室を乗っ取ってこの「20th センチュリー・ボーイ」のレコードを校内に大音量で流す。
「そうすればなにかがかわるかもしれない」と思ったからだ。
大昔のこと、まだ「ロックが世界を変えるかもしれない」と信じられていた頃の話である。

でも、なにも変わらなかった、というところからこの物語は始まる。
でも、やっぱりなんか変わったんじゃないか、というところでこの物語は終わる。
この漫画は、ストーリーは本当に面白くないが、それ以外のところはなかなか面白かった。

映画『20世紀少年』のCMや番宣でこれでもかというぐらいこの曲がかかっていた。
この曲は本当に素晴らしい。最初の10秒で好きになるはずなので、せっかちな人にもおすすめである。
そのうえなんの悩みもない曲なので、悩んでばっかりいる人や、本当になんの悩みもない人にもおすすめである。
わたしは最近は、こういうものが本当にホンモノの、ロックというものではないだろうか、と思い始めている。

『ザ・スライダー』はジャケも素晴らしい。
これは元ビートルズのリンゴ・スターの撮影による。
このアルバムには「メタル・グルー」や「テレグラム・サム」のようなT.レックスの代表曲が入っていて、もちろんそれも良いがそれ以外の、1曲の内容が異常に薄い、わたしが最も愛する類の単純さとあらびきが、まるで100円ショップのようで楽しい。
T.レックスはベスト盤もいいが、このアルバムのような作りかけみたいな曲がいっぱい入っているオリジナル・アルバムのほうがずっと琴線にふれる。

T.レックスはいちおうバンドではあるが、印象としてはマーク・ボランのソロ・プロジェクトのようなものである。
マーク・ボランはルックスがエロ可愛かったし、音楽も100円ショップでとっつきやすかったので、ものすごく人気があった。1971年から73年の3年のあいだのことである。
でも性格が悪いので74年には仲間に去られてひとりぼっちになって、麻薬中毒になったりデブになったりして人気がなくなった。

77年には息子が生まれて、よっしゃもう一回頑張るぞ、と再起して生活も改め評価も持ち直しつつあったが、奥さん以外の彼女が運転する車に同乗していて、街路樹にぶつかって、29歳で旅立った。