ジーザス&メリー・チェインは、ジム(vo)ウィリアム(g)の兄弟を中心として1984年にスコットランドで結成された。ドラマーは後にプライマル・スクリームを結成するボビー・ギレスピーだった。彼らをリアルタイムで追いかけたわれわれ世代は、彼らを「ジザメリ」と呼んだ。
まあなにしろ、彼らはカッコ良かった。
音楽的な中身の濃さよりも、カッコ良さが上回っていた。
いや、そう言うと語弊があるけれど。
まず、バンド名がカッコ良い。曲のタイトルやアルバムのタイトルもまた、なんだかよくわからないけれども、カッコ良かった。
『サイコ・キャンディ』とか。
『ハニーズ・デッド』とか。
「ブルース・フロム・ア・ガン」とか。
『ダークランズ』とか。
「アイ・ヘイト・ロックンロール」とか。
きっと深い意味はないのだろうけど。
まあ、カッコいいとも言えば、ダサカッコいいとも言うけれど、ダサカッコいいというのはロケンロールがそもそもそういうものなので、きわめてロケンロール的センスに溢れたアーティストだと言えると思う。
デビュー・シングルの「アップサイド・ダウン」なんかはロケンロールと前衛アートの融合みたいなものだ。
ロケンロールを素材にしたアートのような作風という意味で、彼らはイギリスのヴェルヴェット・アンダーグラウンドのようだった。
ノイジーでダークな雰囲気もそうだけど、歌い方もルー・リードみたいだし、そう言えば綴りはちょっと違うが、彼らはジムとウィリアムのリード(Reid)兄弟なのだ。
ぶっちゃけ、歌も上手くないし、独創的なメロディが書けるわけでもない。
しかし、ジーザス&メリー・チェインの初期作品はすべてが実験的であって、その実験の成果は、90年代初頭の奇跡のロック大復活祭の起爆剤となったのだった。
そんなジーザス&メリー・チェインを、衝撃のデビューから、その進化と変容の道程を辿りながら、紹介していきたいと思います。
Upside Down
セックス・ピストルズのリアルタイムをギリギリ知らないわたしにとって、「衝撃的」という意味では、このジーザス&メリー・チェインのデビューシングル「アップサイド・ダウン」以上のものはない。
キュイイイーーーーーーンンンピピーーーーキィィィィィキキキキキキーーーガーーーーーーーーーーーーー
最初から最後までエレキギターの耳をつんざくようなフィードバック・ノイズの嵐。その向こうにドラムがかすかにポコポコと聴こえ、ジム・リードの歌声らしきものがかろうじて聴こえてくる。
まるでエレキギターを初めてアンプにつなげて、どのつまみを調節していいかわからずにあたふたしているうちに終わってしまった演奏事故のような曲だった。
この曲でわたしは、エレキギターとは本質的にノイズを出すための電気楽器なのだということをあらためて認識した。
シンプルなリズムとメロディのポップソングを、甘いシュガーコーティングの代わりに、フラストレーションの爆発のようなフィードバックノイズでコーティングしたような曲だ。
まあえらく聴きにくいポップソングではあるが、もともとロックなんてものは聴きにくいのがウリの音楽なのだ。
これがビッグ・バンだった。
この曲がジーザス&メリー・チェインの始まりであり、そしてシューゲイザーの始まりであり、90年代ロックの始まりでもあったのだ。
Just Like Honey
ジザメリの1stアルバム『サイコ・キャンディ』のオープニングを飾る曲。
「アップサイド・ダウン」のようなフィードバック・ノイズは抑えられたが、イントロはロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」のドラムで始まり、ディストーション・ギターで耽美的なバラードを歌うというアンバランスな組み合わせが特徴的で、その後のシューゲイザーたちの手本となった。
PVでは、ボビー・ギレスピーがつまらなそうに、いかにも辞めたそうに、ドラムを叩いている。
この曲はソフィア・コッポラ監督の2003年の映画『ロスト・イン・トランスレーション』のラストシーンで印象的に使用された。
日本を舞台にしたラブロマンスで、ストーリーよりも、ラストの東京の雑踏にこの曲の馴染み方が妙に良くて、感動した覚えがある。
Darklands
1987年発表の2ndアルバム『ダークランズ』のタイトル曲。
1stアルバム発表後に、ベーシストのダグラス・ハートとドラマーのボビー・ギレスピーが脱退し、ジムとウィリアムのリード兄弟だけになってしまった。ベースは2人が手分けして弾き、ドラムは全曲ドラムマシンを使用している。
2人ぼっちになって、色んな意味で寂寥感が凄い「闇の国」だ。
メランコリックでロマンチックなメロディのこの曲は、未だにわたしの脳内で結構な頻度で再生される。無意識にイントロのギターを口笛で吹いていたりということがよくあるのだ。
Sidewalking
2ndアルバム『ダークランズ』と3rdアルバム『オートマチック』の間に発表されたシングル。全英30位。
曲調は全然違うけれども、タイトルからやっぱり「ワイルドサイドを歩け」を連想してしまう。
これもよく口づさんでしまう。もちろん、道を歩いているときに。
このあたりから、ダークで耽美的な作風より、ストレートなロケンロールの作風へと転換していく。
Blues from a Gun
3rdアルバム『オートマチック』からのシングルで、全英32位、米オルタナティヴ・チャートでは1位を獲得した、ジザメリの出世作。
当時は誰も照れくさくてやらなくなっていたようなバリバリにカッコつけたロケンロールを、ダークランズの兄弟が堂々とやり始めたのはショックであると同時に新鮮でもあった。
1989年、なんだかロック・シーンが熱くなってきたなあ、という頃だ。
Head On
3rdアルバム『オートマチック』からの第2弾シングル。
ジザメリのロケンロールと言えばこれにとどめを刺す。ジザメリの曲で最もキャッチーな曲であり、彼らの代表曲のひとつでもある。
ちょうど日本では元号が「平成」に変わった年だった。偶然だろうが、ロック・シーンにも新たな時代が訪れた。
同時期にプライマル・スクリームもストゥージズのようなガレージ・ロックのアルバムを発表したこともあり、70年代パンク・ムーヴメント以来の、ロケンロールの復活にわれわれは胸を熱くし、ワクワクしたものだった。
Reverence
90年代初頭のロック大復活祭のお祭り騒ぎの真っただ中にジザメリが出した、4thアルバム『ハニーズ・デッド』からの先行シングル。
当時のお祭り騒ぎのそもそもの火付け役とも言えるジザメリは果たしてどんなものを出して来るのかという期待にしっかりと答えた、これまでの集大成のような完成度の高いアルバムだった。
特にこの曲は、轟音ギターと打ち込みのダンス・グルーヴが見事に融合し、時代を象徴するような1曲だった。
PVもカッコ良く、ジザメリのイメージを決定づけた代表曲。
Sometimes Always
この94年ごろになると、ロック大復活祭の大騒ぎにも疲れの色が見え始めて来た。シューゲイザーもマッドチェスターもグランジも人気に翳りを見せ、作風をガラリと変えたり、早々と解散するバンドも出てきた。そして、お祭り騒ぎの中心にいたニルヴァーナのカート・コバーンは、お祭りからも、この世からも去った。
ジザメリも一息つきたかったのか、94年の5thアルバム『ストーンド&ディスローンド』は、轟音ギターを封印して、アコースティックな響きや女子とのデュエットもある、抒情的でリラックスした印象のアルバムとなった。
このシングルは、当時ウィリアム・リードの彼女だったホープ・サンドヴァルとのデュエットとなっている。
I Hate Rock ‘n’ Roll
1995年5月に発表されたシングル。
その3年後に発表されるジザメリのラスト・アルバム『マンキ』の最後にも収録された、ジザメリのオーラスとなった曲だった。
トレードマークのノイズギターも復活し、「I love rock ‘n’ roll」「I hate rock ‘n’ roll」「Rock ‘n’ roll hates me」と歌われる。
彼らのPVには星条旗やアメ車といった、アメリカの象徴が繰り返し登場してきた。
彼らにとってロックンロールはアメリカの象徴であり、その「ロックンロール=アメリカ」はジザメリにとって、学園のマドンナのような、心の底から憧れながらも手が届かなくて愛憎相半ばする、そんな存在だったのかもしれない。
彼らは学園のマドンナを囲む輪には入れずに、教室の隅っこでフィードバック・ノイズを出して精一杯存在をアピールするが、ただただ「うるさいなあ。他でやってくれない?」と言われて、地下の誰も使ってない教室へ入りびたるようになったのかもしれない。
そういう意味で、この「I hate rock ‘n’ roll」は、彼らのゴチャついた本音を素直に語った、オーラスにふさわしい曲と言えるかもしれない。
そして1999年に、ジーザス&メリー・チェインは15年の活動に終止符を打ち、解散する。
ウィリアムとジムの兄弟は、最後のほうはもう、口も利かないほど険悪な状態だったという。
Amputation
1999年の解散から17年が経過して兄弟は仲直りしたのか、このシングルを発表し、翌年には19年ぶりとなる7thアルバム『ダメージ・アンド・ジョイ』を発表する。
同世代のプライマル・スクリームの近年の方向性にも似たところがある、硬めのゴムのような弾力のある手触りのサウンドに、ノイジーなギターをちりばめたり、女性ヴォーカルを使ったりと、楽曲の幅が広く全体にポップな仕上がりとなっている。
彼らの進化を感じるもので、完成度で言えば過去の作品を超えた力作だ。
ポップであることが彼らの場合には逆に攻めている感じがして、わたしはとても好感をもったアルバムだ。
この1枚限りの再結成なのか、それともこのまま家業として続けていくのか、それはわからないけれど、兄弟仲次第、ということなのかもしれない。
ジーザス&メリー・チェインのアルバムを入門用に1枚選ぶとしたら、『21シングル』が最適だ。これ1枚でジザメリのことはだいたい全部わかる。