名盤100選 21 マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『ラヴレス』 (1991)

ラヴレス(紙ジャケット仕様)

もしも日本のアマチュア・バンド・コンテンストやオーディションなどにこんなバンドが出てきたらどうなるか。
「声が小っちゃい! 腹から声出せ!」
「ギターの音が大きすぎる!」
「まじめにやれ!」
などと審査員席から怒声が飛び交うだろう。
合格などするはずがない。

このようなバンドをレコード・デビューさせ、さらに倒産寸前になるまで巨額の制作費を注ぎ込んで『ラヴレス』を作らせたクリエイションというレーベルは凄い。
制作中はいったいなにが出来上がるのか、誰も見当がつかなかったに違いない。
どの部分を聴いても、これが売れる音楽、制作費を回収できる商品になるとは誰も思えなかったに違いない。
完成したのは誰も聴いたことのないような、未知の怪物のようなアルバムだった。

ジーザス&メリー・チェインが扉を開けたフィードバックノイズの奔流を、マイブラはコントロールして絵を描く方法を見つけて、世にも聴きにくいがしかし異様に美しいポップソングを創造した。
フェイクアニがこの作品を「ジャケが秀逸」とコメントしていたが、このアルバムを好きな人なら誰もがその通りだと思うに違いない。
この豊穣な音響の美しさと、今にも自然発火して燃え尽きてしまいそうな危うさをを見事に表現しているジャケだからだ。

これは音楽作品というより音響作品といったほうがふさわしい。アルバムはすべてがつながった1曲のように聴こえる。
曲間は曖昧に溶けてしまい、エフェクトのかけすぎでもはやギターかなにかわからない深海のクジラの鳴き声のような音が響きわたり、ときどき夢見心地のエクスタシーの波がやってきて、ときどき森の奥から弱々しいが幸福そうな歌声がかすかに聴こえてくる。
わたしは初めて聴いたとき茫然とした。
どこまでも音量を上げてみたい気分になった。
部屋の空気が波立って、視界がぼやけていくようだった。

マイブラはたった2枚のアルバムしか残していないが、その代わり4~6曲入りのEPを6枚残している。
そのほとんどがアルバム未収録曲なのだが、実はマイブラはこのEPがまた素晴らしい。
これをまとめたCDが未だに無いのはもったいない話だ。

『ラヴレス』の制作費はクリエイションを倒産寸前にまでしたという。
それで人間関係が悪化しメジャーレーベルに移籍したが、その後結局1枚もアルバムを出していない。
ビジネスの世界のコストパフォーマンスの原則からして本来作れるはずのないようなものを作ってしまった。
それは歴史的作品となってその後のシーンに大きな影響を及ぼしたが、ビジネスにおいては当然のごとく、彼らに次はなかったということだ。

マイブラも今年再結成してフジロックに出演しトリを務めたらしい。
『ラヴレス』から17年経った今でも、フェスでトリを任されるということは、それだけ伝説的な名前として残っているということだろう。
フジロックの評を見てみると、彼らはちゃんと期待された轟音ステージをこなしている。
40代でそんなことをするのはきっとしんどいにちがいない。でももしそれをやらなければ、彼らは食べていくことが出来ない。

それにしてもミュージシャンというのはしんどい職業だ。それはもうサラリーマンなどとは比較にならない。
ローリング・ストーンズやU2のように栄光に満ち溢れ、一生楽に食べていけるミュージシャンなどほんとにごくごくひとにぎりに過ぎない。
ほとんどのミュージシャンは年金が貰える年までどうやって食いつないでいくか、不安に駆られながらなんとか稼げる仕事を見つけてこなしていくのだろう。カッコつけてる余裕などないのだ。

再結成でもなんでもいい、少しでも金になるのならアルバムだって作ったらいいと思う。
食っていくための仕事に必死な人間は、わたしはそれがミュージシャンであれ誰であれ、応援したいと思う。

コメント

  1. ゴロー より:

    そのとおり
    まったくその通りですねえ。
    ギンギラギンのロックスター物語は通用しなくなって、そんなものより聴き手が共感できる、同じ空気を吸って、同じ程度に脱力したリアリティが必要になった時代でした。だからわたしは夢中になれた。

    こういう連中って、雑誌のインタビューとか読んでも全然面白くないんだよねえ。だって普通のやつだもんなあ。そりゃ名前も覚えないよなあ。

  2. フェイク アニ より:

    マイブラっ!
    これだけ大好きなアルバムなのにメンバーの名前を誰一人として知りません。
    いや、たぶんメンバーの名前を読んだことが無いわ。
    結成のいきさつも、メンバーの生い立ちも全く知らん。興味なかったわ。今、気づいた。
    そんなドラマ性なんか必要の無いくらいにカッコいい、ドラマ性の入り込む隙が無いくらいに美しいアルバムだと思ってます。
    そういう意味ではロックっぽくない存在なのかもしれんが、別にいいです。カッコいいから。
    でも日本人ってそういうの(ドラマ性?)えらい好きじゃん?エックスジャパンとか。そんなんとは対極のモノだよね。

    そういえば、これも91年だったね!