グレース・ヴァンダーウォール/ウィーン(2019)

【カバーの快楽】
Grace Vanderwaal – Vienna

songwriter : Billy Joel

グレース・ヴァンダーウォールは例のオーディション番組『アメリカズ・ゴット・タレント』に12歳で出場し、ウクレレを弾きながらオリジナル・ソングを披露し、その独特の歌声と、魂から溢れ出るような独創的な楽曲で衝撃を与えて勝ち進み、優勝を果たして話題になった、ニューヨーク出身の天才少女だ。

その彼女が15歳になってカバーした曲のひとつが、このビリー・ジョエルの隠れた名曲「ウィーン」でである。

ビリー・ジョエルの名盤『ストレンジャー』の中でも、わたしはこの曲が1、2を争うほど好きだ。
そんな40年以上も前に発表された、ベスト盤にも収録されたことのないマイナーな楽曲を、2004年生まれの少女がカバーするということがわたしには嬉しい驚きだった。アレンジも原曲に忠実だ。

「ウィーン」は、父が息子に「なにをそんなに焦ってる? なにに怯えてるんだ?」と語りかける歌詞で、なかなか深い内容だ。

息子が怯えているのは「なりたいものにもなれずに、このまま年をとっていくこと」という、若い頃に多くの人が持つ、人生の意義についての不安だ。

これはビリー・ジョエルが実際にウィーンに住んでいた父を訪ねたときの会話で、ビリーは通りを掃除している老人を見て、そんなことをするために長い人生を生きてきたなんて、と思ったが、父は「誰にも自分の役割があって、そうやってみんなで支え合って人々は生きてるんだ」と諭されたという思い出に基づいたものなのだそうだ。

下のビリー・ジョエルのほうの動画には歌詞の日本語訳のテロップが入っていてわかりやすい。「ウィーンが待っているんだから」という歌詞がわかりにくいが、「君を必要とする未来が待っているんだから」というぐらいの意味かな、とわたしは解釈している。

グレース・ヴァンダーウォールの声は、少女らしい純粋さや素朴さの輝きと、なぜか真逆の疲れきったような、枯れた味わいが同居しているのが魅力だ。不思議な声である。

しかし、衝撃的な個性というのにもやっぱり人は慣れてくるもので、彼女の2作目のEPはすでにチャートに入ることもなく、話題ほどの売れ方はしていない。
エンターテイメント業界の層の厚いアメリカで売れるということは、これほどの個性をもってしてもそう簡単なことではないのだろう。

でもわたしは、彼女のウクレレの濁りのない透明な音も好きだし、独創的でありながらポップなメロディも生みだすソングライティングもとても面白いと思っている。
同じ十代の個性派で世界を席巻しているビリー・アイリッシュよりも、わたしは興味を惹かれる。

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