名盤100選 65 スライ&ザ・ファミリー・ストーン『アンソロジー』(1981)

アンソロジー
この男女混合・人種混合グループのリーダーがスライ・ストーンである。
ミクスチャー・ロックの始祖であり、60年代にジミ・ヘンドリクスと並んで最もロックに大きな影響を与えた黒人アーティストである。
スライがいなければその後のロックの歴史はまた違うものになっていただろう。Pファンクやプリンスもいなかったし、レッチリだっていなかったかもしれない。
紛れもなく、ロック史における最重要アーティストである。

1969年にニューヨークで開かれたウッドストック・フェスティバルというものをご存知だろうか。
40万人もの観客を集めて過去最大のロック・イベントとして映画にもなったが、60年代という時代にロックという文化が誕生したことを祝福するかのようなモニュメンタルなフェスティバルでもあった。
そのウッドストック・フェスティバルで最も輝きを放っていたのがこのスライ&ザ・ファミリー・ストーンであり、そのアグレッシヴなパフォーマンスは圧倒的であり、その音楽は新しく、新たなロックの可能性を示しているかのようだった。

しかしこのグループは70年代に入ると、スライの薬物中毒による人格荒廃やメンバーとの不和などで、スライ自らが崩壊させていく。
スライが薬物に走った理由には、商業的成功を維持し続けることのプレッシャー、そして黒人選民思想を説くブラックパンサーによる、白人のメンバーをバンドから追い出せという圧力によるものと言われている。
スライは74年に女優と結婚するが、5ヵ月後には離婚する。離婚の理由はスライの飼い犬が息子を襲ったためとされているが、しかしスライはほぼ同時期にメンバーのシンシアにも子供を産ませていて、まあまともな結婚生活でなかったことは想像に難くない。

話は変わるが、昨日マイク・タイソンのドキュメンタリー映画を見た。
タイソンは1966年生まれで、わたしと同い年だ。
彼は7歳の頃からブルックリンのゲットーに住み、12歳で少年院に収容される。
13歳でボクシングを始めると、圧倒的な強さで20歳で史上最年少の世界ヘビー級チャンピオンとなり、21歳で結婚と離婚の両方をする。

20代前半は性行為に強い執着心を示して無数の女性と交わり、ひと晩に24人もの女性と交わったこともあると言う。
24歳でチャンピオンから陥落し、数百億円を超える資産を築きながら25歳でレイプ事件を起こして3年間刑務所で過ごすことになる。
30歳で世界チャンピオンに復帰するものの、試合中にキレて相手の耳を噛み続けて反則負けになるなど1年ももたずに陥落。
悪徳プロモーターに騙されて資産も仲間も失い、最後の試合は5年前、39歳のときで、トレーニングもせずただ金のためだけに戦って不様に敗れ「もうこれ以上このスポーツを侮辱したくない」と言い残してリングを去った。
その翌年には飲酒運転中にコカイン所持でまた逮捕されている。

同い年のマイク・タイソンにくらべて、わたしのほうはなんてのんびりと平穏に生きてきたのだろうと思う。
わたしは史上最も強かったボクサー、マイク・タイソンに憧れなくもないが、でもたぶん彼よりもわたしのほうが幸せな人生を送っているという気がする。
タイソンはあるインタビューでこのように発言した。
「なぜ日本人は俺をアメリカンドリームだなんて言うんだよ!違う!何も分かっちゃいない。俺はアメリカの悪夢なんだ!」
たしかにそのとおりなのだろう。本人が言うのであれば間違いない。

スライ・ストーンもまた「俺もアメリカの悪夢なんだ」と言うのかもしれない。
スライ・ストーンは23歳でグループを結成し、ヒット曲を連発し、25歳でウッドストックのステージに立ち40万人を熱狂させるが、たったの5年後にはライブ会場が2割も埋まらず、グループを解散してしまう。

わたしはもう人生経験も長いので、5年や6年なんて月日は一瞬のことに過ぎず、あっという間に過ぎ去ってしまうということを知っている。
いったいスライ・ストーンに幸福だった期間の記憶など残っているのだろうか? 長い悪夢のなかでなんだか一瞬だけ光が射したのを覚えている、という程度のものではないのだろうか?
彼らは永遠に楽しむことができる素晴らしい音楽をわれわれに残したが、その見返りに彼らはなにを得たのだろう?

人生ははかない。どのような凄まじい人生を送ったとしても、やはり人生ははかなく思える。
わたしはもう子供でもないし、少しは世の中のことをわかってきたつもりではあるが、人生において充分な満足感が得られるにはどのような生き方がよいのか、いまだによくわからない。

もうひとり、やはり「アメリカの悪夢」と呼ぶべきなのか、ロック史上最も重要な黒人アーティストが同じ1969年のウッドストックのステージで演奏している。

ウッドストック・フェスティバルの最終日に彼は少し遅れてやってきて、彼が演奏を始めたころには客はあらかた帰ってしまっていて、スタッフが会場のゴミ拾いをしている前で演奏を披露することになる。
彼はそのステージで、世にも気違いじみたアメリカ国家をエレクトリックギターで演奏した。
次回はそのジミ・ヘンドリクスを取り上げよう。

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. フェイク・アニ より:

    24人
    24人!?

    今回、最大の衝撃はそれだな!

    凄いぜタイソン!