名盤100選 74 ジョン・レノン『ジョンの魂』(1970)

ジョンの魂

聴いた瞬間にひく、というアルバムなどそうざらにあるものではない。
アルバムのオープニングを飾るのは、当時世界中が注目したジョン・レノン初のソロ・アルバムにまったくふさわしくない、気違いじみた「お母さーーーーーーん」という絶叫である。

彼は5歳の少年のように「お母さん行かないで、お父さん戻ってきて」と絶叫する。
それはもう、けっして人前で上げてはならない声であり、もちろんそんな恥知らずな声がレコードに録音されたのも世界初であろう。
気の小さい人であれば、これ以上聴き進める気が起こらなくなったとしても不思議ではないほどの異常事態だ。しかし異常事態に目が無いわたしなどは、これはマジだな、と姿勢を正して聴くことになった。

この名盤から、ジョン・レノンという人は、音楽家としては天才かもしれないけれども人間的には、お調子もので未熟で浅はかでお馬鹿さんな、愛すべき人物であることがわかる。

ジョンの歌う歌詞はお世辞にも思慮深いとは言えない。若気の至りや勘違いなども含めて、激しく自らをさらけ出す。
しかし、暗部も恥部もすべて白日の下にさらけ出すようなその重い「歌」は、それまでのロックの発想を超えたものだった。
聴いてるほうが恥かしくなるほど人間的な、あまりに人間的な、歌である。

彼は衆人環視の前でヨーコと裸で抱き合うなど、「さらけ出す」イベントを好んだが、本業の歌では、どこまで自分の意識も無意識もさらけ出すことが出来るかにチャレンジしていたように思える。だから彼の歌にはいつも、ドキュメンタリー・フィルムのような臨場感と緊張感がある。
だれがつけたのか知らないが、『ジョンの魂』という邦題を付けた人もきっと同じように感じたに違いない。

わたしがこのアルバムでもうひとつ好きなのは、そのサウンドである。
シンプルこのうえないストイックな音作りで、生々しい楽器の音が深々と響き、よけいなものをそぎ落とした、単なる美しい音楽だけを聴くことができる。
感情にまみれたジョンの声は余計な音に遮られず、ビートルズの頃よりもっとリアルにわれわれの胸に直接突き刺さる。

1980年12月8日の17時、ニューヨークのダコタアパートに住んでいたジョンは、レコーディングスタジオに向かうために自宅を出た。
アパート前には雑誌のカメラマンがひとりと、ハワイ出身で精神疾患を患った、ファンを名乗る25歳の男マーク・チャップマンが待っていた。

チャップマンはジョンに歩み寄って、持参した『ダブル・ファンタジー』のレコードジャケットにサインを求めた。
ジョンは快くサインに応じ、雑誌のカメラマンはその様子を写真におさめた。このマーク・チャップマンとのツーショットが、ジョンの生前最後の写真となった。

ジョンはレコーディングスタジオでラジオ番組のインタビューを受けた。このときのインタビューでジョンは「ヨーコより先に死にたい」「死ぬまでこの仕事を続けたい」などと発言している。
22時50分にヨーコとともに自宅に戻ったジョンに、待ち構えていたチャップマンは暗闇から「レノン?」と声をかけ、両手で拳銃を構えて5発を発射、そのうち4発がジョンの胸、背中、腕に命中した。
警備員が警察を呼び、ジョンはパトカーで病院に運ばれた。
ジョンは病院で心臓マッサージと輸血を受けたが、すでに全身の8割の血液を失っており、失血性ショックにより、23時すぎに死亡した。

チャップマンはそのまま逃げることもなく、ジョンのサインが入った『ダブル・ファンタジー』を放り出し、サリンジャーの小説『ライ麦畑をつかまえて』を読んでいた。
被害者がジョン・レノンであることを知った警官は「おまえは自分がなにをしでかしたのか知っているのか?」とチャップマンに聞いたが、彼は「ごめんよ、きみたちの友だちとは知らなかったんだ」と答えたという。

わたしはそのとき14歳で、まだビートルズの音楽を聴いたことはなかった。
たしか翌日に、同級生の洋楽好きの戸谷君に「ジョン・レノンが死んじゃったなあ」となどと言ったことを覚えている。でもまだ聴いたこともないので、真面目な顔をして言ったのか、半笑いで言ったのだったか、そのあたりのことはよく覚えていない。

マーク・チャップマンは、この20世紀を代表する偉大な音楽家でありロック史における最大のヒーローを、まったくなんの意味も無く殺したということで有名になり、後に映画まで作られた。
もちろんわたしはそんな映画は見ていない。
彼はただの精神異常者で、そんな男の半生になんの興味もわかないからだ。

そのマーク・チャップマンはまだ生きている。
ニューヨーク州のアッティカ刑務所にすでに30年服役している。55歳だ。
そしてちょうど来月、収監期間が終わり、特に延長されることがなければ、釈放ということになる。

コメント

  1. フェイク・アニ より:

    おつかれさん
    1位が「Jealous Guy」、さすがですね。
    大好きな曲です。