No.005 リトル・リチャード/のっぽのサリー (1956)

Here's Little.. -Deluxe-
≪オールタイム・グレイテスト・ソング 500≫ その5
Little Richard – “Long Tall Sally”

ニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』など数多くの名作を制作した名プロデューサー、デヴィッド・ブリッグスがあるインタビューで少年時代にリトル・リチャードを観に行ったときの話がニール・ヤングの自伝に引用されている。

これは、これまでわたしが目にした、ロックンロールという音楽について語られた言葉の中でも最も共感したもののひとつだ。

金色のスーツを着たニガーが、髪をおっ立ててソルトレイクシティのステージにあらわれ、飛び跳ねながらピアノを叩き、完全にイカれていくのを見ているうちに、「オレもあんなふうになりたい。オレの望みはそれだ」となったということだ。今でも彼は恐ろしい男だ。ホンモノだ。ロックンロールは穏健でも安全でもないし、金とかとはまるっきり縁が無い。風や雨や火のようなものーー自然現象なんだ。14歳のガキは考えたりしない。感じるだけだ。ロックンロールは炎なんだよ、「炎」。突っぱねること、世界をあざけることなんだ。
(『ニール・ヤング自伝』ニール・ヤング著 奥田祐士訳)

この言葉を決して忘れないように、わたしのこの穏健で安全でクソみたいに無害なブログに、掲げておきたい。

わたしが年を取るにつれ、最新の音楽にあきたらずに過去に遡り、自分が生まれるよりさらに前の時代まで遡り、50~60年代の古い音楽の素晴らしさにあらためて魅せられるようになったのはそういうことなのかもしれないな、とも思う。

何十年もバカみたいにロックを聴き続けていると、その「究極」としてやがて行き着くところは、わたしの場合はチャック・ベリーのギターの生々しいキラメキや、リトル・リチャードの超絶パワーでダイナミックに加速するヴォーカルのような、「ロックンロールの真の姿」だったのかもしれない。

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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コメント

  1. g-大将 より:

    今朝、リチャードの訃報を知りました。パパJBやオーティスに影響を与えたあのお方の歌うロックンロール、歩くエイトビートソウルブラザーNO1歌う無呼吸シンドローム、オカマ疑惑全て大好きです♪ソールシンガーNO1