レナード・コーエン『レナード・コーエンの唄』(1967)【わたしが選ぶ!最強ロック名盤500】#119

Songs of Leonard Cohen

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【わたしが選ぶ!最強ロック名盤500】#119
Leonard Cohen
“Songs of Leonard Cohen” (1967)

レナード・コーエンはカナダのケベック州モントリオール出身のシンガー・ソングライターである。

もともとは詩人・小説家として活動し、本国では名前も知られていたが、ボブ・ディランを世に送り出したコロムビアのジョン・ハモンドに見出され、1967年に33歳で歌手デビューを果たした。彼は1934年生まれで、ボブ・ディランより7歳年上である。

商業的にはあまり成功しなかったようだが、しかし今日に至るまで、世界中に熱狂的なファンが流浪の民のように存在する。

いや熱狂的なんていうとちょっと違うかもしれない。

レナード・コーエンのファンはニルヴァーナやメタリカのファンみたいに、ファンであることを熱く誇示したりしないだろうし、顔がプリントされたTシャツを着たりもしないだろう。

まるで侘び数奇の趣味を持つ者が茶碗の名品でも扱うかのように静かに浸り、大切に保管しながら、しかし人に見せびらかすでもなく勧めるでもなく、ときどきひとりでそっと取り出して愛おしそうに眺めたり、感触を味わったりしながらなんとも言えぬ愉悦に浸り、あぁやっぱりいいなあ、などと呟いてまた丁寧に箱に戻す、そんな存在ではないだろうか。

基本はアコースティック・ギター弾き語りのフォーク・ソングである。アレンジが入ったとしてもごくごくシンプルなものだ。ブルースというのでもカントリーというのでもなく、もともとの「民謡」という意味でのフォーク・ソングにやはりいちばん近いかもしれない。

本作は1967年12月にリリースされた、レナード・コーエンの1stアルバムである。

【オリジナルLP収録曲】

SIDE A

1 スザンヌ
2 マスター・ソング
3 ウィンター・レイディ
4 ストレンジャー・ソング
5 シスターズ・オブ・マーシー

SIDE B

1 さよならマリアンヌ
2 そんなふうにさよならを言ってはいけない
3 街の話
4 先生たち
5 どちらかは間違ってはいないはず

彼が自作の詩に曲をつけ、友人だったジュディ・コリンズに電話口で歌って聞かせたのが、A1「スザンヌ」だった。彼女はそれを気に入り、自ら歌ってアルバムに収録した。そして翌年にコーエンもこの曲をデビュー・シングルとしてリリースした。

2ndシングルとなったのはB1「さよならマリアンヌ」で、「スザンヌ」と並んでレナード・コーエンの代表曲として知られている。

他にもA5「シスターズ・オブ・マーシー」、B2「そんなふうにさよならを言ってはいけない」もわたしが好きな曲だ。

小さな音でギターを爪弾きながら、呟くように歌う。まさに吟遊詩人のイメージだ。ムーミン谷のスナフキンである。それほど上手いというわけではないのに、その声は疲れた心や渇いた心に良く沁みる。

詩人なのできっと歌詞が重要なのだろうが、和訳を読んでもわたし程度の者には理解不能の、なかなかの崇高かつ難解である。でもその静かな音楽からは、憤りや嘆きや悲しみは感じられても、けっして絶望が感じられることはない。

レナード・コーエンは来日公演をしたことはない。しかし1975年にプライベートで来日したらしい。彼は京都の禅寺などを観てまわり、しかしなにが気に入らなかったか、”Japanese Zen is dead”と喝破したという。そして1996年には自ら、臨済宗の和尚となった。

そのあたりの事情はわたしもさっぱりわからない。謎の多い人である。和尚になっても、音楽活動はそのまま続けた。

コーエンは2016年に自宅で転倒した後、眠っている間にこの世を去った。82歳だった。

多くの音楽家や著名人、政治家などが哀悼の意を表し、彼の出身地であるモントリオール市によって追悼コンサートも開催された。

↓ デビュー・シングルとなった名曲「スザンヌ」。作曲に5ヶ月もかかったという。

↓ わたしが最も好きな曲のひとつ「シスターズ・オブ・マーシー」。80年代に活躍したイギリスのゴシック・ロック・バンド、シスターズ・オブ・マーシーはこの曲名を取ってバンド名にした。

(Goro)

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