名盤100選 37 レナード・コーエン『ベスト・オブ・レナード・コーエン』(1975)

ベスト・オブ・レナード・コーエン

レナード・コーエンは1934年生まれなので、今年75歳である。2000年代に入ってからも3枚アルバムを出している。まだ現役である。

カナダ人で、1960年代は詩人・小説家として本国で知られ、1968年にシンガー・ソング・ライターとしてデビューした。
商業的には成功しなかったようだが、しかし現在に至るまで、世界中に流浪の民のように存在する熱狂的なファンに支持されている。

いや熱狂的なんていうとちょっと違うかもしれない。
レナード・コーエンのファンはクラッシュやニルヴァーナのファンみたいに、ファンであることを熱く主張したりしないだろうし、Tシャツを着たり、影響を受けてバンドを始めたりしないだろう。
まるで侘び数奇の趣味を持つ者が茶碗の名品でも扱うかのように、大切に保管して、人に見せるつもりもなく、ときどきひとりでそっと箱を開いて取り出して愛おしそうに眺めたり、感触を味わったりしながらなんとも言えぬ愉悦に浸るような、あぁやっぱりいいなあ、などと呟いてまた丁寧に箱に戻す、そんな存在ではないだろうか。

少なくともわたしはこの初期のベスト盤をそんなふうに聴いてきた。人に薦めたことも、貸したことも一度もない。レナード・コーエンについて語るのはたぶんこれが初めてだ。
わたしはもう20年近く前にこのアルバムを買ったが、どれだけ音楽の好みが変わってもこのアルバムだけはずっと変わらず好きで、ときどき聴いてはああやっぱりいいなあ、と愛おしく思うのだ。

基本はアコースティック・ギター弾き語りのフォーク・ソングである。アレンジが入ったとしてもごくごくシンプルなサウンドだ。ブルースというのでもカントリーというのでもなく、もともとの「民謡」という意味でのノスタルジックなフォーク・ソングにやはりいちばん近いかもしれない。

小さな音でギターを爪弾きながら、呟くように歌う。まさに吟遊詩人のイメージだ。ムーミン谷のスナフキンである。けっして上手くはないが、その声は静かな感動を呼ぶ。

詩人なのできっと歌詞が重要なのだろうが、残念ながら英語の出来ないわたしには歌詞の意味はわからない。でもその静かな音楽からは、憤りや嘆きや悲しみは感じられても、けっして絶望が感じられることはない。

レナード・コーエンは来日公演をしたことはない。しかし1975年にプライベートで来日したらしい。彼は京都の禅寺などを観て回り、しかしなにが気に入らなかったか、”Japanese Zen is dead”と喝破したという。
その彼が1996年にはなぜか臨済宗の和尚となったらしい。いや彼の代表曲は「ハレルヤ」という曲なのだが、このあたりの事情はわたしもさっぱりわからない。謎の多い人である。先にも書いたが、音楽活動はちゃんと続けている。

昨年、2008年にはマドンナ、ベンチャーズらと共にロックの殿堂入りを果たした。