No.457 グラム・パーソンズ/グリーヴァス・エンジェル (1974)

GRIEVOUS ANGEL(Hybrid SACD)
≪オールタイム・グレイテスト・ソング 500≫ その457
Gram Parsons – Return of the Grievous Angel

ジョージア州で育ったやんちゃな男の子、グラム・パーソンズは、カントリー・ロックのオリジネイターとして知られる。

20歳のときにインターナショナル・サブマリン・バンドを結成し、1968年5月にアルバム『セイフ・アット・ホーム』でデビューした。
ロックの基本的なスタイルに、フィドルやペダル・スティールなどの楽器と、カントリーミュージックの奏法や語法を取り入れてカントリーとロックを合体させ、これが世界初のカントリー・ロック・アルバムとなった。

アルバム発表と同時にバンドは解散してしまった。
そしてグラムは、当時デビュー3年目でメンバーの脱退が相次ぎ、存続が危ぶまれていたザ・バーズに加入する。
そしてインターナショナル・サブマリン・バンドのアルバムからわずか3か月後、今度はザ・バーズのメンバーとして牽引的な役割を果たし、それまでのバーズのフォーク・ロックのスタイルとは明らかに違う、カントリー・ロックの歴史的名盤『ロデオの恋人』を製作する。

この時期はもう、グラムのアドレナリンが大噴射状態だったのだろう。

さらに同年、バーズの一員として英国に渡ったときに、グラムはローリング・ストーンズのキース・リチャーズと出会う。
音楽とドラッグが大好きなやんちゃな二人は意気投合し、すぐに無二の親友となる。
1968年、ちょうどストーンズが『ベガーズ・バンケット』に取り掛かった頃だ。
キースはこう語っている。

「発掘中だった音楽の鉱脈を掘り当てた。
グラムとの出逢いが自分の弾くもの、書くものの領域を広げてくれたんだ。
そこから束の間の友情が始まった。長い間行方知らずだった弟と再会したような感じだった」

デビューからブルースとロックンロールを礎としたブリティッシュ・ビートの代表的なバンドとして圧倒的な人気を誇ったストーンズも、60年代後半になるとやや迷走を始めていたのだ。
もし『ベガーズ・バンケット』を生まなければ、ビートルズと時期を同じくして消滅していた可能性もあったと思う。

どこまでがグラム・パーソンズの影響によるものかはわからないものの、ストーンズはロックンロールの原点に還ってブルースとカントリーにあらためて向き合うことで息を吹き返し、次作『レット・イット・ブリード』『スティッキー・フィンガーズ』『メインストリートのならず者』とロック史上の大名盤をたて続けに発表し、70年代最強のロックバンドとして栄華を極めた。

まるであの時、イギリスのロックンロールバンドたちがコンセプトアルバムや実験的なややこしい作品を柄にもなく創ることを競い合っていたときに、ロックの神様が「おいおい、おまえたちロックンロールの本来の姿を忘れたのか? ロックンロールは白人のカントリーと黒人のブルースを合わさってできたものじゃ。もういっぺん基本にかえれ」と言って、グラム・パーソンズという天からの使者を遣わせたかのようだった。

彼はまるで、米国と英国のそれぞれ最も人気のあったバンドを選んでカントリーの種を蒔き、その使命を終えたらさっさと神様の元へ帰っていったエンジェルのようだ。

そとて、そのときのことをキース・リチャーズは自伝にこう書いている。

インスブルックでショーがはねた直後、俺はボビー・キーズと連れションしてたんだが、いつもならボビーはそういうとき、ひとつかふたつジョークをかます。なのに、妙に無口なんだ。しばらくしてあいつはこう言った。「あのな、悪い知らせを聞いた……GPが死んだってよ」。みぞおちに蹴りを食らったみたいな衝撃だった。俺はボビーを見た。グラムが、死んだ?(中略)俺の兄弟が。こういうのは一気に来るわけじゃない。あとからどんな動揺に見舞われるか。また親友と、おさらばかよ。
(『キース・リチャーズ自伝 ライフ』キース・リチャーズ著 棚橋志行訳・楓書店)

初めてのソロ・アルバム『GP』を発表した8か月後の1973年9月、グラム・パーソンズはモーテルの一室で、薬物の過剰摂取で帰らぬ人となった。ロックの神様の元へと戻ったのだ。使命はしっかり果たしたもののその乱行ぶりはこっぴどく叱られたに違いない。

この「グリーヴァス・エンジェル」は、彼の死後発表された同タイトルのアルバムのタイトル曲だ。
タイトルは「哀しき天使が帰ってくる」みたいな意味だ。
彼は帰らなかったが。

わたしはこの曲を聴くとグッときて、なんだか泣けてくる。
だからこれを選んだ。

一緒に歌っている女性はグラムに見出された歌手、エミルー・ハリスだ。
彼女はこう語っている。
「彼は私の人生において永遠の恋人なの。それだけ深く影響された。死に方じゃなく、彼の音楽が伝説になるべきよ」

コメント

  1. ごろー より:

    やっぱり男は肉食系じゃないと
    ちょうどバーズが迷走して、メンバーが抜けて解散寸前みたいな行ったりしてした頃だったので、悪く言えば乗っ取ったし、良く言えばバーズに新たな方向性を示したと言えますね。

    でもおかげで『ロデオの恋人』はロック史に残る名作となったわけでバーズにとっても良かったのでしょうね。

  2. フー太郎 より:

    カントリー界の強硬派テロリスト
    確かバーズがロデオの恋人を発表した時には、グラムが自分の趣向全開で半ばバンドを乗っ取った形で制作したと記憶しています。ストーンズのキースと親友同士だったのも、お互い肉食系男子で気が合うのがあったのかもしれませんね。