名盤100選 08 ザ・ストーン・ローゼス『石と薔薇』 1989

ザ・ストーン・ローゼズ

ある種の人々にとってストーン・ローゼスとは、エルヴィスやビートルズやセックス・ピストルズに匹敵する価値を持つ名前である。

ある種の人々というのは89年当時にリアル・タイムでいまだに「ロック」にこだわって音楽を聴いていた世代のことだ。

「いまだに」と書いたのは、若い人には信じられないかもしれないが、当時「ロック」というものは完全に死に絶えた、古代の恐竜のようなものだったのだ。
パンク~ニューウェイヴがロック界を激震させた後の80年代は、ロックは相対化され、切開され、分解され、解剖され、解体され、瓦解する運命となった。
ロックでさえなければなんでもよかった時代であったとも言える。

MTVではエンターテインメントだけを追求する賢いアメリカ人たちが生き延びた。
イギリス人はそこまで商売上手ではなかった。古代の恐竜の最後の遺伝子に思えたザ・スミスも87年に解散していた。
MTVから盛大に流れる世界基準のロック・ミュージックは、一見昔ながらのロックと大差ないように見えるが、なにかが決定的に違っていた。
彼らはまるでファンタジーであり、ファンシーであり、パロディのようにも見えた。わたしは好きになれなかったし、わたしと同じ思いの多くの人々がいた。
われわれにとってMTVの音楽にはリアリズムというものが欠けていたのだ。

音楽におけるリアリズムというのは微妙すぎてわかりづらいだろうが、こっちも説明しづらい。
しかし「ロック」と呼ばれる音楽のその最も重要な特徴はそのリアリズムというものだったはずだ。
だからこそロックンロール誕生以来、若者たちは他の音楽よりもダイレクトに心に届き揺さぶるこの音楽を熱心に求めたのだ。

実はわたしは89年まで、リアルタイムの音楽を楽しむことをしなかった。
80年代のあいだ、わたしは60~70年代の音楽を聴き続けていた。リアルタイムの音楽にはわたしの好みに合うものはないと思っていたからだ。
そのわたしが89年からリアルタイムのロックミュージックに夢中になったのは、このストーン・ローゼスのデビューがきっかけだった。
当時の音楽雑誌はこの連中の話題でもちきりだった。さすがにリアルタイムの音楽に興味の無いわたしの耳にまでその名が「英国ロック奇跡の復活」という熱烈な賛辞とともに轟いてきた。
そう、たしかに、この連中の登場がなければ英国ロックはあのまま絶滅していたのかもしれない。

というような歴史的評価というのは今なお残っているらしく、現在の若いロック好きがミューズやレディオヘッドやオアシスからさかのぼってストーン・ローゼスのこのアルバムを聴いてみるということはよくあることらしい。そしてそこでたいていが肩透かしをくらうらしい。

なんと言っても、英国ロックを絶滅の危機から救い、そしてあの90年代初頭のロック・ムーヴメントを巻き起こした象徴的アルバムである。たぶんもっと斬新で衝撃的な音を期待して聴くのであろう。
ところがここには一見60年代後半の英国ロックの焼き直しのような、ごくふつうのロック・ミュージックがあるだけだ。レディオヘッドやミューズのように先鋭的でもなく、オアシスやニルヴァーナのようにラウドでもない。
そういうものを先に聴いて、その上を行く刺激を求めればたしかに肩透かしを食らうことだろう。

しかしこのアルバムが当時大歓迎された理由はそのような「刺激」とは正反対のところにあったのだ。
パンク~ニューウェイヴ以降、さらなる刺激を求められ、パンクは聴くに堪えないほどうるさくなり、加速され、ニューウェイヴは分解され、解剖され、解体され、一周回って「面白い」と言えたとしても、ビートルズのように気軽に口づさめるふつうのロック・ミュージックは残っていなかった。
われわれはあの頃、ごく普通のロック・ミュージックに飢えていたのである。ややこしい刺激などもううんざりだったのだ。
MTVロックの華やかなパフォーマンスも気恥ずかしいだけだった。ストーン・ローゼスの登場は、ややこしいこともせず、カッコもつけていない、ごくふつうのリアルな「歌」が戻ってきたことの新鮮さ、嬉しさだったのだ。

もちろんわたしはその「歴史的価値」のみでこのアルバムをここに選んでいるわけではない。
念のためにこれを書き始める前にもう一度聴き返してみたが、やはり素晴らしいアルバムである。決して60年代英国ロックの焼き直しだけではない清冽な響きと新しい歌があるし、なによりこの完成度の高さはただ事ではない。
最初から最後までバランスが良く、楽しめて、聴き飽きない。そしてなによりも、なによりも、このアルバムは美しい。

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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