No.063 パティ・スミス/グロリア (1975)

Horses

≪オールタイム・グレイテスト・ソング 500≫ その63
Patti Smith  Gloria

「グロリア」は北アイルランドのバンド、ゼムの代表曲だ。
ゼムのヴァージョンもカッコいいし、曲を書いたヴァン・モリソンには最大の敬意を表しつつ、ここはわたしが初めてこの曲を知り、衝撃を受けたパティ・スミスのバージョンを採ろう。

それにしてもこの≪500≫の、1アーティスト5曲までというルールは今のところそれほど難しくはしないけど、同曲異演を選ばないというルールのほうは意外と難しく、どれを選ぼうか悩ましいことこのうえない。

パティ・スミスは1975年にアルバム『ホーセス』でデビューした。
彼女はNYパンクの女王とも呼ばれたが、しかし彼女の音楽はいわゆるピストルズやラモーンズのようなシンプルなロックンロールのパンクロックとはまったく違うものだ。

過激だが文学的な歌詞がむしろメインで、音楽はむしろそれに合わせて変化に富み、激しい感情の起伏も表現する。

パティ・スミス以外にもテレヴィジョンやリチャード・ヘル、トーキング・ヘッズなど、NYパンクの一派にはアート志向や文学志向の、「アーティスト」のイメージが強い。
きっとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響も大きいのだろう。
彼らもまたロックの地下フロアに出店し、その界隈はニューヨーク・アンダーグラウンドと呼ばれた。

パティ・スミスはパンクについてこう語っている。

「パンクって心のあり方なの。それはエキサイトしたり、新しい何かを発見したり、物事を見極めようとする力。特定の格好や音楽ではなく、心の枠組み、自由であることよ」

パティ・スミスはブルース・スプリングスティーンと同じニュージャージーで育ち、wikiによれば詩人のアルチュール・ランボーやボブ・ディランに憧れ、そんな詩人の恋人になることを目的として23歳の時にニューヨークに移住したということだ。
結局、彼女が結婚したのは元MC5のギタリスト、フレッド・ソニック・スミスだったが、それは彼女にとってはある意味、夢がかなったのかもしれない。

しかしその最愛の夫にもわずか数年の結婚生活で先立たれてしまう。
波乱万丈の人生だ。

現在彼女は69歳だが、今も元気に活動しており、今年の6月には単独来日ツアーも行っている。

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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