名盤100選 45 RCサクセション『ラプソディー』(1980)

ラプソディー

清志郎が死んだ。

彼は天才だった。
少なくとも日本人最高峰のロックアーティストであったことは疑いない。

清志郎語録でわたしの好きなものがふたつある。
「ビートルズなんて、大した才能じゃない。彼らが日本人だったら、あんなになりゃしなかった」
「(薬物所持で逮捕された槇原敬之の作品が回収されたことに対して)槇原のを回収しているのなら、ビートルズやジミヘンも回収しろって(笑)」

清志郎はもちろん、ビートルズやローリング・ストーンズに憧れて音楽を始めたのだ。
だけど、自分がプロの音楽家として経験を積み、自分の作品もビートルズの作品も、プロの目で客観的に判断できるところまで達したとき、べつに負けてないだろ、と思ったに違いない。
でも日本人だから、ロックの世界ではそれだけでもう負けてるという前提がある。
しかし清志郎はジョン・レノンやボブ・ディラン以上のクオリティの作品をいくつも残している。決して負けていない。

彼はとてつもなく美しい歌詞を書き、素晴らしい曲をつけ、誰にも真似のできない声で、感情を炸裂させながら唄う。
世界中探しても、清志郎に匹敵するものを持ったアーティストがいったいどれだけいるだろうか?

清志郎は歌詞に基本的に英語を使わない。
「ロックに日本語は乗りにくい」と誰もが負け惜しみのように言っていたものだが、それを清志郎は完全に覆してみせた。
ロックやポップスに日本語が合わないなんて、それはただ才能のないやつの言うことだ、と言わんばかりに。

日本人が歌詞を書く以上、そこに英語を入れたらその時点で負けである。
わたしも昔、洋楽ロックの物真似のような中途半端な曲をいくつか書いた経験があるけど、うまく日本語の歌詞が付けられず仕方なく英語を混ぜた覚えがある。
それはわたしに曲を書く才能がないからだ。
バリバリ日本人の顔をしたやつが英語で歌詞を書いて歌うなど、そんな不様なことはない。

わたしは14歳のときに「トランジスタ・ラジオ」を好きになったのがきっかけで、当時話題になっていた『ラプソディー』のLPを聴き、RCサクセションが大好きになった。
わたしにとってのRCの名盤はこれと、72年の『楽しい夕に』、76年の『シングル・マン』、80年の『PLEASE』の4枚である。

『楽しい夕に』は昔、貸しレコード店で借りてカセットテープにダビングしたものを繰り返し聴き続けた。
今はそのテープもない。ときどき、もう一度聴きたいなあと思うことがよくあった。
今回の訃報で、それがずっと気にかかっていたのを思い出した。
わたしは今日、近所のCDショップに歩いて、その『楽しい夕に』のアルバムを買いに行った。紙ジャケ化されたものが置いてあって、わたしは喜んで買った。
それを聴きながらこれを書いている。なんだか、ちょっと泣きそうな感じだ。

『楽しい夕に』を選んでも良かったのだが、あまり一般的でもないので、結局、エネルギッシュで、ライヴとは思えないほど完成度の高い『ラプソディー』を選ぶことにした。
これもどれだけ聴いたかわからない。聴き狂ったものだ。
よく考えたら、わたしのロック好きの原点はこういうアルバムなのである。
決して『サージェント・ペパーズ』や『ネヴァーマインド』ではないのだ。

『ラプソディー』には入ってないが、わたしがいちばん好きな曲は「トランジスタ・ラジオ」である。
素晴らしい歌詞、素晴らしい曲。奇跡のような名曲だと思う。
文学でも映画でも表現できない、ポップ・ソングにしか表現できない「うまく言えない」けど大切な気持ちを絶妙に表現している。
ポップ・ソングというものはこうでなければならない。

この歌に描かれている情景は、まるで自分の記憶の中の思い出のようにくっきりと浮かび上がる。
わたしはこの歌が伝えようとしている「うまく言えない、こんな気持ち」を中学生のときに共感して、それ以来ずっと「こんな気持ち」を忘れないまま現在に至るから、こんなブログを書いているのだと思う。

Woo 授業をさぼって
日のあたる場所にいたんだよ
寝転んでたのさ屋上で
タバコの煙とても青くて
内ポケットにいつもトランジスタ・ラジオ
彼女教科書ひろげてるとき
ホットなナンバー、空に溶けてった
ああ、こんな気持ち 
ああ、うまく言えたことがない

ベイエリアからリバプールから
このアンテナがキャッチしたナンバー
彼女教科書ひろげてるとき 
ホットなメッセージ、空に溶けてった
ああ、こんな気持ち ああ、うまく言えたことがない
(トランジスタ・ラジオ/作詞・作曲:忌野清志郎、G1,238,471)

あれから28年、今もこの曲が大好きだ。
この曲には永遠に古くならない、永遠に色褪せないなにかがある。
その色褪せないなにかは、いつでもわたしの胸を熱くさせる。
うまく言えないけど。

「いいことばかりはありゃしない」では次の部分を聴くとわたしは胸がつぶれそうになる。

最終電車でこの町についた
背中まるめて帰り道
何も変わっちゃいない事に気がついて
坂の途中で立ち止まる
(いいことばかりはありゃしない/作詞・作曲:忌野清志郎)

人が、夜中に坂の途中で立ち止まるという光景を見たことがあるだろうか?
それは、静かな、しかし深い絶望感の漂う光景に違いない。

そして最も美しい名曲「スロー・バラード」の歌詞は忘れ難く、永遠に色あせない美しい情景をわれわれに残した。
このモノクロの絵のような情景には、深い悲しみと深い幸福、はかなさと力強さが同居している。

昨日は車の中で寝た
あの子と手をつないで
市営グラウンドの駐車場
ふたりで毛布にくるまって

カー・ラジオからスロー・バラード
夜露が窓をつつんで
悪い予感のかけらもないさ

あの子の寝言をきいたよ
ほんとさ、たしかに聴いたんだ
(スロー・バラード/作詞・作曲:忌野清志郎・みかん)

もしかすると忌野清志郎は天才ではないのかもしれない。
天才にしては現実感がありすぎ、生身の、地に足の着いた人間臭さが強烈過ぎる。

まあ、どちらでもいい。たぶん「天才」などという言葉そのものがリアリティのある言葉ではない。
たしかに言えることは、清志郎は誰にも書けないような、世界最高のポップ・ソングを、いくつも遺したということだ。

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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コメント

  1. まーこ より:

    愛すべきヒッピーに捧ぐ☆
    私がコメント入れるのもおこがましぃけれども・・私も清志郎は大好きな人。

    初めて聴いた曲は私も”トランジスタ・ラジオ”だったな。
    映像で見たのは・・”オレ達ひょうきん族”かな!?
    派手な衣装でステージを駆け回って、ステージで歌ってる姿。今でも目に焼き付いてます。

    常に前向きに全力投球で生きて来た本物のロックスター”忌野清志郎”から、随分なエネルギーを頂けて感謝です!!!

    ♪キタねぇこの世界で一番キレイな清志郎へ♪

  2. G-大将 より:

    役立たずの神様
    ハードロックが大好きな神様も清志郎は

    救えなかった!!!! 本当に役立たずだな

    訃報が流されるや、夜中にも関わらず弔電、弔問

    の数々(身内か!!おれは!!!!)

    三日三晩追悼してます

    今夜もガ、ガ、ガ、ガとかガッタガタガタって

    やってます

    最後にサンキューキョーシロー愛してま~~~~~す

  3. HotDogs 雄介 より:

    さよなら
    彼は僕にとって人生の先生であり、テレビと漫画しか興味が無かったオイラにギターを持たせた張本人でもある。

    職員室で教師がオレに怒鳴ってる時
    白バイに捕まった時
    彼女に月光仮面が来ない時、そして
    敵だらけの現場で一人で突っ張らなきゃいけない時
    彼の歌は常に頭の中で鳴ってた。

    「オレには関係ねえ、ねえ、ねえ!」ってな…..

    バイバイ、キヨシロー  今までありがとう。