No.104 リトル・ウォルター/マイ・ベイブ (1954)

ベスト・オブ・リトル・ウォルター+3
≪オールタイム・グレイテスト・ソング 500≫ その104
Little Walter-My Babe

リトル・ウォルターは18歳でマディ・ウォーターズのバンドに加入した、ハーモニカ吹きだ。

2008年の映画『キャデラック・レコード』は、1950年にシカゴに誕生したチェス・レコードの盛衰を描いた映画だ。
その中で描かれるリトル・ウォルターは、バンドのボスであるマディ・ウォーターズでさえ手を焼くめちゃくちゃなやつだ。

天才的なハーモニカ奏者だが、喧嘩っ早くてすぐにブチギレるクソガキで、いつも拳銃を持ち歩いている。
映画の中では、道端でリトル・ウォルターを名乗ってハーモニカを吹いて聴かせている偽者を見つけて躊躇なく拳銃で撃ち殺すシーンもあったほどだ。(本当なのか?)

1954年にはリトル・ウォルター名義で出したレコード「ジューク」が大ヒット、続いてこの「マイ・ベイブ」もチャート1位となって人気アーティストとなった。

「マイ・ベイブ」はチェス・レコードお抱えのソングライター、ウィリー・ディクソンの作だ。
ウィリー・ディクソンはマディの「フーチー・クーチー・マン」や、ハウリン・ウルフの「リトル・レッド・ルースター」など当時のブルースの名曲の数々を書いた、ブルースの歴史における最重要人物のひとりだ。

その荒っぽい気性のせいでマディ・ウォーターズ・バンドからもやがて去ったリトル・ウォルターは、1964年にはローリング・ストーンズとツアーをしたりもしたようだが、1968年、37歳の若さで死ぬ。
死の原因もやはり、ストリートでの喧嘩で負ったケガによるものだった。

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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