No.489 ジョニー・キャッシュ/ハート (2003)

American 4: The Man Comes Around (Bonus Dvd)
≪オールタイム・グレイテスト・ソング 500≫ その489
Johnny Cash – Hurt

わたしにとっては、この世で一番泣けるPVだ。

デフ・ジャム・レコードの創始者で、RUN-D.M.C.やビースティー・ボーイズ、レッチリ、メタリカなどのプロデュースで大成功を収めたリック・ルービンは、一方でアメリカのルーツ・ミュージックに関心を示し、偉大なジョニー・キャッシュが彼にふさわしいレコードを作る機会を与えられていないことを不当に感じて、ドサ回りの会場まで駆けつけて、プロデュースをさせてほしいと懇願したという。

リック・ルービンの願いは叶い、1994年、62歳のジョニー・キャッシュは、アルバム『アメリカン・レコーディングス』を発表する。
リック・ルービンの自宅のリビングで録音され、ジョニー・キャッシュのオリジナルが5曲、カバーが8曲という構成だった。

50年代から歌い続ける62歳のアウトロー歌手による、波乱の人生を越えてきた生きざまが刻み込まれ、滲み出て深い感動を与える歌声は、ロック世代の若者のファンたちの心をも動かし、ジャンルの枠を超えた支持を集めて大ヒットした。

反響は大きく、その年にはイギリスの野外フェス、グラストンベリー・フェスティバルにも出演することになった。
自身のキャリアの中でもこのフェスでの歓迎ぶりは大きな出来事だったと彼は語っている。
観客の、彼を見つめる熱心な目はリスペクトに輝き、有名曲ではロックコンサートのように飛び跳ねながら盛り上がっていた。
わたしは今、そのフルステージの動画を見ながら、これを書いている。

『アメリカン・レコーディングス』はシリーズ化され、生前に4作、没後に2作が発表された。
伝説的なカントリー歌手が、ハンク・ウィリアムズからビートルズ、スプリングスティーン、トム・ペティ、U2、ベック、シェリル・クロウ、デペッシュ・モードまで、時代もジャンルも幅広く取り上げ、アコギなど最小限のアレンジのみで、曲の本質を曝け出すような生々しいカバーとなった。

わたしなどは、このシリーズを聴くとなんだかものすごく神聖で、厳かな気分になる。
まるでロックの神様が降臨して、お気に入りの曲を自ら歌ってみせたかのようだ。

全盛期をとっくに過ぎ、老齢を迎えたジョニー・キャッシュの歌声の深さ、音楽の重み、人生を歩み続け、枯れながらもしかし自由になっていく力強さのリアリティに、わたしは衝撃を受けた。
彼がデペッシュ・モードの「パーソナル・ジーザス」を歌うのを、たった4小節聴いただけでわたしは鳥肌が止まらなかった。

その経験をしてからというもの、わたしはこれまでほとんどのアーティストを、若い頃の全盛期だけを聴いて、その後に熟していく彼らの音楽を聴いてこなかったことを反省した。

ボブ・ディランマニアのみうらじゅんがよく言う「だれかにディランのアルバムを薦めるとしたら、その人の年齢のときにディランが録音したアルバムです」という言葉も思い出した。
全盛期のようなヒット曲はないかもしれないけど、そのアーティストがホンモノであれば、頭がハゲようが腹が出ようが、そこには真のリアリティや音楽の重みがあるはずで、さらに老境に達して枯れながらも自由になっていく、そんな音楽をあらためて聴いてみたいと思った。

この「ハート」はナイン・インチ・ネイルズのカバーだ。
ジョニー・キャッシュが、まるで対極にあるようなナイン・インチ・ネイルズをカバーするだけでも驚きだが、しかしこれが見事にハマっていることにさらに驚く。
どれだけ時代や表現スタイルが違っていても、すべてのロックの根源にはアメリカのルーツミュージックがあるのだということをあらためて実感した思いだった。

この「ハート」のPVを見て、ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーは「涙が出た。背中を押された気持ちになった」と語っている。
その年のMTVビデオ・ミュージック・アワードで最優秀撮影賞を受賞し、イギリスでは「歴代最優秀ビデオ」で第1位に選出された。
監督を務めたマーク・ロマネクは「自分にはこれ以上の作品をもう作れない」とコメントを残した。

何度見ても泣けてくる。

糖尿病や自律神経失調症を患い、重度の肺炎でも入院するなど、晩年のジョニー・キャッシュは病魔と闘い続けた。

彼の容姿は最後の数年で驚くほど変化していった。
エネルギッシュに闘い続けた男にも、死期が迫っているのは明らかだった。

そしてこの「ハート」の発表からわずか半年後、PVにも出演している妻のジューンが死去する。
そして後を追うように、わずか4か月後にジョニーは、糖尿病による合併症によって、ジューンの元へと旅立った。

彼の死から3年後、彼がリック・ルービンとつくった最後のアルバムが、『アメリカン・レコーディングス』の第5作として発表された。
アルバムはジョニー・キャッシュにとって、35年ぶりの全米1位に輝いた。

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