名盤100選 32 ダイナソーJr.『BUG』(1988)

Bug

名盤の条件として、ジャケット・デザインも大切な要素である。
たぶんこのアルバムは、このブログで選出する名盤ベスト100のうちでも最も哀しむべきジャケットの部類に入るものだろう。

しかしダイナソーJr.が登場したときのインパクトは今でも忘れられない。
ロックというものに対する幻想を根底的に覆された気がしたものだ。

音楽雑誌でダイナソーJr.が頻繁に取り上げられるようになったのは1990年頃のことである。
当時の彼らは「殺伐」というキーワードで語られた。殺伐系とか、殺伐ロックとか、そんなふうに。
そして「轟音ギター」という言葉も今では当たり前に使われているものの、わたしの記憶ではこの言葉はもともとダイナソーJr.のために使われた言葉だった。

ダイナソーJr.はヴォーカル&ギターのJ・マスシスのバンドで、他のメンバーは安定せず、アルバムもほとんどひとりで全パートを録音するなど、実質的に彼ひとりのバンドだと言っていい。
そのJはわたしよりひとつ年上だが、20代半ばにして贅肉だらけで腹も出て、髪は伸び放題、いつも眠たそうな目をして「面倒くさい」が口癖で、インタビューでは「明日で世界が終わるとしたらなにをする?」と訊かれて「寝る」と答えるような、まったくやる気の無い言動とロックスターのオーラがまったくない風貌でわれわれを笑わせてくれた。当時流行した「ダメ人間」という言葉もJに対してよく使われたものだ。それは当時、同じ米国で最も人気があり、世界征服の野望に燃えているようなロックバンド、ガンズ&ローゼスなどとは対照的な存在だった。

Jの音楽はその風貌そのままの、今起きたばかりのような眠たげでへろへろなヴォーカルと、狂気が覚醒したようなハイテンションの轟音ギターが性急なビートの上で組み合わさった、衝撃的な音楽だった。
それはたしかに「殺伐」と表現されても仕方のない、愛想もなく夢もなくカッコいいポーズもなかった。
しかし無意識が爆発したようなその異様にパワーのある音に、わたしは惹かれた。なんだかわからないが、希望を感じた。

時代はバブル景気の真っ只中であった。
でもわたしのような社会の底辺でモゴモゴしてただけの者は、そのような景気の恩恵を感じたことは一切なかった。
世の中は飲めや歌えの大騒ぎらしいが、それは別世界の話で、そこへ上がっていく階段はわたしには見当たらなかった。
わたしはクラブ・クアトロでダイナソーJr.のライヴを見たことがある。
まったくアクションもポーズもなく、ただステージの端っこで棒立ちのまま歌うデブなJだったが、その耳をつんざくような轟音ギターは凄まじく、われわれ観客は異様なテンションになって、洗濯機の中の洗濯物のように、絡まりあいながらぶつかり合いながら、フロアーでぐるぐると渦を巻いていた。
われわれモゴモゴした連中のエネルギーの放出の仕方なんてそんなものだった。そこには、ここからどこにも出て行くことが出来ないようなあきらめに満ちた閉塞感と、どこにも向けるあてのないエネルギーが渦巻いているだけだった。

でも、ダイナソーJr.の代表曲である88年の「フリーク・シーン」や91年の「ワゴン」には、そんな閉塞感を突破するような希望に満ちた輝きとパワーがあった。
わたしは、ちょっとテンションを上げて前向きに頑張ろう、みたいな気分のときはいつも「フリーク・シーン」や「ワゴン」を聴いた。今でもこれらの曲を聴くとそのときの気持ちを思い出す。

ダイナソーJr.はニール・ヤングに似ているとよく言われたが、わたしは正直言ってよくわからない。
そんなに似てるだろうか? ちなみにJは最も影響を受けたのはローリング・ストーンズだと言っているが、冗談なのか本気なのかはよくわからない。少なくともまったく似てはいない。

そういえばちょっといい話を思い出した。
ダイナソーJr.が在籍したSSTというインディ・レーベルの社長はニール・ヤングの大ファンで、モノマネをしていると思い込んでいたダイナソーJr.を嫌い、全然力を入れて売ろうとしなかった。
その社長を説得するために、同じSSTに在籍したソニック・ユースのキム・ゴードンが社長の寝室に忍び込み枕の下にダイナソーJr.のテープを忍ばせるなどという涙ぐましい努力があったらしい。
おかげでサード・アルバム『BUG』はイギリスでも発売される運びとなり、それをきっかけに彼らはブレイクした。

いわゆるメタメタに弾きまくるようなギター・ソロというものにそれほど興味のないわたしが、ダイナソーJr.の曲だけは、ギター・ソロを好んで聴く。
まだ歌い終わらないうちにそれは強引に始まり、駆け上るように宙を漂うものの着地点を見つけられずに放り投げられるように終わる、そんな独特のギター・ソロにわたしはいつも感動する。

Visited 1 times, 1 visit(s) today

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする