名盤100選 10 レディオヘッド 『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』 2003

ヘイル・トゥ・ザ・シーフ

これほどに世界中で支持され、新作が待ち望まれ、アルバムが発表されるたびに大事件として扱われ、なにをやってもメディアで肯定的に語られるバンドはビートルズ以来であると言っても過言ではない。

ただし嫌いな人からは「あんなものはバンドですらない」とまで言われるほど、好き嫌いは極端に分かれる。

レディオヘッドの音楽は自閉的な引きこもりのためのテーマ曲である。
他人とコミュニケーションをとることに不安を感じるネット世代の負け犬にとっての最もリアルな音楽である。
会社でどれだけ出世しようと、結婚して円満な家庭を築こうと、心の中に16歳の頃から閉ざされたままの闇夜の底なし沼のような部屋を持ち続ける者が一瞬で感応してしまう超音波である。

レディオヘッドは『OKコンピューター』から大きく変わったような印象があるが、本質的には93年のシングル「クリープ」から大きく離れてはいない。
もっと複雑になり、もっと無調性に近くなってはいるが。

「クリープ」は衝撃的だった。
途方にくれた元気のない少年がなにかわけのわからない凶器を手にしたような音楽だった。
その路線の頂点は95年の「フェイク・プラスティック・ツリー」だったろう。
少年は密閉されたコンクリートの部屋で世界に向かって誰にも届かない叫び声を上げた。

97年の『OKコンピューター』ではまったく新しい世界が出現する。
このような力強く、美しく、静謐かつ猥雑な世界がいったいこの世界のどこに存在するのかわからないが、それがこの世のどこかに、いやどこかではなく「ボク」の部屋の中にも存在するかのようなリアリティにあふれていた。少年は完全に発狂している。

2000年の『キッドA』で少年の自我は完全に崩壊している。
凍えるような精神病棟で廃人同然となり、意味不明のうわ言がまるで詩のように美しく響く。
この『キッドA』『OKコンピューター』がわたしに与えた衝撃は「クリープ」の比ではなかった。

実は今回は『OKコンピューター』を選ぶつもりだった。
そのつもりでここまで書き、レディオヘッドのアルバムを順番に聴きながら3時間かけて書いているうち、いやこっちのほうがやっぱり好きだなということに思い至ったので、急遽『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』に変更したのだ。まあどちらでもいいのだが。
ちなみに、これから初めてレディオヘッドを聴いてみたいという方には5月下旬に発売される初のベスト盤をおすすめする。

その2003年の『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』は少年が意識を取り戻して、生還した世界に向けて独特の言葉で語り始めたかのようだ。
自信に満ちた力強い言葉であるが、その言葉の組み合わせ、表現は初めて聞くものばかりで、すべてが理解できるわけではない。
しかしその美しい響きと躍動において、まったく正しいということのみが確実に伝わってくる。

2007年末に出た最新アルバム『イン・レインボウズ』はまず発売形態が画期的であった。
公式サイトから、レコード会社も介さず、ダウンロードの形で発売された。しかも値段はいくらでもいいというもので、自分で好きに値段を入れてダウンロードするというのである。もちろんタダでもよい。
わたしはタダでダウンロードした。

わたしは感心した。ついにロックという産業のかたちを彼らは打ち破ってしまったのである。
当然何百万というダウンロードがされ、平均で1000円程度は支払われたらしい。
レコード会社を介してないから、バンドとしては大儲けであるに違いない。
その手があったか。

これこそがロックの歴史における最大の革命になるのかもしれない。
少年は夢の中だけでなく、現実に世界を変えるのかもしれない。

Radiohead’s Fabulous 10 Songs

1.Fake Plastic Trees
2.There There
3.Creep
4.Paranoid Android
5.Karma Police
6.Everything In Its Right Place
7.My Iron Lung
8.High And Dry
9.Street Spirit
10.2+2=5

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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