【映画】『ボブ・ディラン:ノー・ディレクション・ホーム』(2005米) ★★★☆☆

ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム [DVD]

【音楽映画の快楽】
No Direction Home : Bob Dylan

監督: マーティン・スコセッシ
出演:ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、他
音楽:ボブ・ディラン

10時間に及んだというボブ・ディランのインタビューと過去の映像を中心に、ジョーン・バエズやピート・シーガー、アレン・ギンズバーグ、アル・クーパーなど、当時交流のあった人々のインタビューも織り交ぜた、DVD2枚組、3時間30分に及ぶ長尺ドキュメンタリー作品だ。

監督は『タクシー・ドライバー』や『レイジング・ブル』『ディパーテッド』など映画史上に燦然と輝く数々の名作を残し、さらにはザ・バンドの『ラスト・ワルツ』やローリング・ストーンズの『シャイン・ア・ライト』など、音楽映画も得意としているアメリカ映画界最高の巨匠のひとり、マーティン・スコセッシだ。

インタビューも興味深い内容だし、過去映像もレアなものや興味深い映像が、かなり古い物のはずなのに凄く良い状態で使われているのが嬉しい。

物足りないところは、この長尺の作品で扱われているのが、非常に狭い期間であること。

ディランの少年時代から始まり、フォーク・ソングに魅せられニューヨークで活動するようになり、デビューして一躍時代の寵児となると、四六時中マスコミやファンに追われ、フォークからロックに転向したことで賛否両論の物議をかもした、だいたい1966年ぐらいまでのことしか描かれていないのだ。
まあたしかに、その期間に絞ってかなり深く掘り下げたのは良かったかもしれないけれど。

また、残念なのは、ディランが歌う映像で、歌詞の字幕が一切出ないこと。
その当時のディランの気持ちを表している歌を挿入したりもしてるはずなのだけれど、そういうのも伝わらない。

それはまあ、ディランの歌詞を字幕サイズに翻訳していくのは至難のワザであるのはわかるけれども。

そもそも英語もわからないくせにディランなんかを聴いてるおまえが悪い、と言われればぐうの音も出ないけれども。

ディランがいろんな国に演奏旅行に行くと恒例のように現地での記者会見があり、各国の記者のインタビューに辟易とするシーンが出てくる。

あなたは、なぜ歌うのか?

今の曲よりも昔の曲のほうが良いと思わないか?

真のプロテスト・ソングを歌う歌手は何人いる?

人気の秘密はなんだと思うか?

本当にくだらない質問、答えようのない質問の連続に、観ているこっちまでイライラするほどだ。
中にはディランの歌を聴いたことがないという記者が「歌の意味は?」などと質問したりもする。
言葉を失うディランに「答えられない理由はなにか?」などと、さらに問いつめる。

ディランが皮肉を言ってあしらったり、感情的になって強い口調になったり、暴言を浴びせたりする気持ちもよくわかる。メンタルの弱い人なら気が狂ってもおかしくないような状況なのだ。

ジョーン・バエズは、ディランがその昔、歌詞についてこんなふうに言ったと語る。

「いつかバカどもが僕の歌についてあれこれ書くだろう。なにを歌っているか僕にもよくわからないのに」

それが本当なのだろう。ノーベル文学賞受賞の大詩人の本音だと思う。

みんな必要以上に歌詞を考えすぎるのだ。

そもそも詩もそうだし歌の歌詞も同じだと思うけど、作者がどんなメッセージを込めたか、なんてことは重要じゃなくて、聴き手がその言葉とメロディに触発されて勝手に想像を拡げたり感じたりするべきものだと思う。

なにを想像しながら聴いてもいいし、なにを感じながら聴いてもいいのである。