わたしにとってブルース・スプリングスティーンは、初めて本気で好きになった洋楽アーティストだった。だから思い入れが深い。
当時わたしは17才で、社会に彷徨い出たばかりで、未来への不安と不相応な欲望を抱えたままよろよろと自分の居場所を探していた。
スプリングスティーンの歌に出てくる人々は、アメリカの田舎町で華やかな生活や成功と無縁の暮らしをする、生涯うっすらと閉塞感を抱えたまま生きている人々、ほんのささやかな幸せを手に入れるために必死に働く人々、知識が足りずに選択を間違ってしまった人々、欲望に勝てずに人生を踏み外してしまった人々、酒やクスリに溺れたり、理由もなく殺人を犯す者、などなどだ。
ワーキング・クラスや社会の底辺に向けられる優しい眼差しに共感し、なにも持たない若者が夢に縋り付いてわずかな可能性に賭けて町を出て行く、そんな歌に自分を重ね合わせたかったのかもしれない。
1973年にデビューし、3rdアルバム『明日なき暴走』でアメリカの新しいロックンロール・ヒーローとなり、大ヒットアルバム『ボーン・イン・ザ・USA』では80年代アメリカを象徴するロック・アーティストとなったブルース・スプリングスティーン。60代になってもアルバム4作連続全米1位と、その人気は衰えていない。
そんなブルース・スプリングスティーンの、たくさんありすぎる名曲の中から、初めて聴く方にはぜひこれから聴いてみてほしいと思う名曲を、10曲選んでみました。
Thunder Road
ブルース・スプリングスティーンの出世作『明日なき暴走』のオープニングを飾る曲。
このブログではもう何度も書いているけれども、百万曲のロックの中でもわたしが最も好きな曲のひとつだ。これと同じくらい好きな曲を探すのはなかなか難しい。
わたしはこの曲を聴くと、今でも一瞬で17才の頃の気持ちに戻される。
世界中でひとりぼっちのような心細さと、どんな可能性もある未来に希望を持った熱い気持ちがよみがえってきて、うわ、なんだか泣けてくる。
エンディングのクラレンス・クレモンズのサックスを聴きながら、このレコードジャケットの、むさくるしい髭面だけどこの世の誰よりもカッコよく見えた男を、少年のわたしは憧憬とともに見つめていたものだ。
Born to Run
3rdアルバム『明日なき暴走』のタイトル曲で、スプリングスティーンの代表曲だ。
ロックンロールの国アメリカに生まれた、最高のロックンロールのひとつに数えられる名曲だろう。
十代の頃に好きになって以来、今でもイントロを聴いた瞬間に胸が熱くなる、そんな曲だ。
もしも目の前でこの曲が演奏されようものなら、わたしは知らないおっさんと肩を抱きあって号泣する自信がある。
スタイリッシュでもないしクールでもないけど、ロックってこういう熱いもんだったよなって思い出させてくれる。
熱い気持ちになれる音楽は素晴らしい。
熱くなれなくなったら、もうロックなんか聴かないほうがいいのだ。
Hungry Heart
スプリングスティーン5枚目のアルバム『ザ・リバー』からのシングルで、全米5位となった大ヒット曲。日本でも大ヒットした。
歌詞に自分を重ね合わせて心を揺さぶられたり、孤独を感じたり、自分の間違いについて考えたり、勇気づけられたりした。
なんて思ってる人はきっと世界中にたくさんいるのだろう。わたしもそのひとりだ。
すべての、”満たされない心”を抱えた人々のテーマ・ソングだ。
The River
スプリングスティーンにとって初の全米1位となった1980年のアルバム『ザ・リバー』のタイトル曲。
アメリカ文学の優れた短編小説のような、心をザワつかせる、強い印象を残す一瞬の映像的な歌詞は、共感やら動揺やら孤独やら虚しさやら、いろんな感情に揺さぶられる。
このライヴ動画は1980年当時のものだ。
いつも全身全霊でパフォーマンスするこんなヴォーカリストが当時は少なかったこともあり、胸に深く突き刺さったものだった。
The Promised Land
1978年の4thアルバム『闇に吠える街』収録曲。
デビュー時は「ディランズ・チルドレン」と呼ばれたスプリングスティーンらしい、ハーモニカのイントロが印象的な、素朴で明るい名曲だ。
この曲もまた、閉塞感に満ちた町を爆破したいほどのフラストレーションを抱えた若者が「約束の地」を信じて旅立とうとする歌である。
Born In The U.S.A.
1984年発表の全米1位となった大ヒットアルバム『ボーン・イン・ザ・USA』のタイトル曲。
そのタイトルから、単純な愛国ソングだと大いに誤解されたが、実際にはベトナム戦争を批判し、ベトナム帰還兵に対する冷たい態度や仕打ちを批判し、それでもロックンロールの国・アメリカで生まれたことを誇りに思う、相反する感情を抱える複雑な想いを歌っている。
“Born in the U.S.A.”と繰り返される叫びは、罵倒のようにも、誇りのようにも聴こえ、憎しみと深い愛の、両方の想いが聴こえる。
シンセの響きを前面に出した当時流行の80年代サウンドはスプリングスティーンの音楽に似合ってるとは言い難く、当時から賛否両論だったが、商業的には大成功だった。
No Surrender
この曲も『ボーン・イン・ザ・USA』収録曲。
「学校の授業やつまらない連中なんかより、3分間のレコードから多くのことを学んだんだ」と歌い出し、「決して降参しない、決してあきらめない」と歌うこの曲は、「明日なき暴走」のような高揚感のある、”BOSS”スプリングスティーンらしい曲だ。
Brilliant Disguise
世界的な大ヒットを記録した『ボーン・イン・ザ・USA』から3年、期待された次作『トンネル・オブ・ラブ』は前作とまったく違うものだった。
流行の80年代サウンドは捨てて、本来のスプリングスティーンに回帰したような、シンプルかつタイトなサウンドの、内省的な作品だった。
この曲はそのアルバムからのシングルで、全米5位のヒットとなった曲だ。
男女の関係が冷えていく様を歌っている歌だが、この翌年にスプリングスティーンは離婚することになる。
Lucky Town
1990年代に入り、スプリングスティーンは、2年という長い歳月をかけてじっくりアルバム『ヒューマン・タッチ』を録音する。
そしてやっとのことでアルバムが仕上がった頃に、突然創作意欲が爆発し、アルバムもう1枚分の楽曲がほんの数日で作られた。
それらの楽曲群は『ヒューマン・タッチ』とは真逆の、荒削りで緊張感のあるもので、急遽もう1枚のアルバム『ラッキー・タウン』としてまとめられ、『ヒューマン・タッチ』と2枚同時発売という前代未聞のリリースとなった。
この曲はその『ラッキー・タウン』のタイトル曲だ。
アルバムは全米3位のヒットとなった。
Working On a Dream
2009年のアルバム『ワーキング・オン・ア・ドリーム』のタイトル曲。
アルバムは全米1位の大ヒットとなった。
90年代は暗いイメージのアルバムが多かった印象のあるスプリングスティーンだったが、ここでは「おれは夢を叶えるために働いてるんだ」とポジティヴなトーンで繰り返し歌う。
わずかな希望だけを抱いて過酷な毎日を生きる労働者や市井の人々を優しい眼差しで見つめてきた、ブルース・スプリングスティーンらしい曲だと思う。
バンドも、1988年に一度解散し、11年後に復活したEストリート・バンドで、その一体感がとてもいい。
アルバムを聴くなら、まずは『明日なき暴走』を薦めたい。
『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』は当時の流行りのサウンドに寄りすぎてはいるものの、楽曲は粒ぞろい、名曲ぞろいだ。
『ネブラスカ』は弾き語りのみの異色作だが、理由なき連続殺人犯が死刑を執行される様子を描いたタイトル曲から始まる、文学的で、有り得ない暗さを湛えた、一度ハマると抜け出せない異色作である。代表曲を卒業したらぜひこちらも試してみてほしいものだ。