クリント・イーストウッドの膨大な作品群はもう全部見たらいい【死ぬまでにもう一度見たい映画を考える】その14

許されざる者(1992)(字幕版)

わたしが最も好きなアメリカの映画監督を3人挙げるとしたら、クリント・イーストウッド、マーチン・スコセッシ、クエンティン・タランティーノを挙げるだろう。ひとりに絞れと言われたら、クリント・イーストウッドを挙げる。俳優としてももちろん素晴らしいが、それ以上にわたしは彼の監督作品が大好きなのだ。

ただしわたしは彼の監督作こそすべて見ているものの、出演のみの初期作品、映画デビューとなった一連のマカロニ・ウエスタンや、70年代の戦争映画やアクション映画などの多くが未見である。

なのでわたしは近いうちに、クリント・イーストウッドの出演作&監督作を製作順に全部見返そうと計画している。サブスクやDVD、Blu-rayで。その辺りの作品には名作・傑作・凡作・怪作・珍作など、様々なものがあると聞く。楽しみでたまらない。

だから「死ぬまでに」ではなく、「近いうちに」全作品を見るつもりではあるのだけれど、今回は彼の監督作を中心に、わたしが特にもう一度見るのを楽しみにしている作品を挙げてみたいと思う。

彼の作品は、映画の楽しませ方を知り尽くした職人監督の手腕と、芸術的・創造的な意欲にあふれた挑戦的な映画作家としての刺激的な面白さが同居している。

そして物語のテーマは大上段に構えた「世界や社会にとって大切なもの」などではなく、「各々の人生にとって大切なもの」をいつも示唆し、哀しみや苦しみの多い人生に悪戦苦闘する人々を優しい眼差しで見つめている、そんな印象の作品が多い。職人的技巧と安定感、そして芸術的センスにあふれた彼の作品は、どのようなテーマのものでもわたしを魅了し、心の深い部分に熱い痕を残す。

若い頃は時代劇や西部劇が苦手だったため、クリント・イーストウッドのイタリアでの映画デビュー作『荒野の用心棒』(’64)や『夕陽のガンマン』(’65)、アメリカへの凱旋ヒット作『奴らを高く吊るせ』(’68)などを未見なのはお恥ずかしい限りだが、しかしこれも今となっては若い頃のわたしが残しておいてくれた、まだ開けていない贈り物のようなもので、逆にもったいなくてなかなか開けられずにズルズルときてしまった感じだ。

白い肌の異常な夜 [DVD]

わたしが見たイーストウッド作品の中で、最も古く、そして強烈な印象を残しているのはドン・シーゲル監督作の『白い肌の異常な夜』(’71)である。

南北戦争の戦闘で負傷した兵士が、女学院の教師と生徒たちが共同生活する「女の園」に匿われ、次第に女たちの欲望や嫉妬に火がついていくという、エロティックな状況から次第に恐怖の地獄へと変わっていく、なんとも刺激的な展開だった。

恐怖のメロディ [DVD]

そしてクリント・イーストウッドの初監督作、ラジオのDJ役で主演も果たした『恐怖のメロディ』(’71)は、主人公につきまとうストーカー女性の狂気を描いた傑作だ。ジャズに造詣の深いイーストウッドらしく、音楽がふんだんに使われているのもいい。

さらに同年(この年はイーストウッド大出世の年だな)の、これもドン・シーゲル監督による大ヒット作『ダーティハリー』(’71)は、彼の当たり役となった代表作だ。

被害者より加害者を守るような新法や偽善的な社会の変化に逆らい、暴力的な手段も辞さずに信念と正義を貫くハリー・キャラハン刑事は、70年代という急速な社会の変革が起こっていた時代の矛盾に逆らう、時代遅れで孤独なヒーロー像だった。

ダーティハリー(字幕版)

彼の容赦なく悪を排除するやり方に快哉を叫んだ観客たちは、「人権」という錦の御旗の下に被害者の苦しみより加害者の権利を守ることを優先する、戦後民主主義の行き過ぎたヒューマニズムに矛盾や憤りを感じていたということだろう。

その後もイーストウッドが監督として描きつづけたヒーロー像はこのハリー・キャラハンを継承するような、時代遅れであろうとも人間の根源的な正義を貫こうとする真のヒーロー像であり、一切ブレることはなかった。

イーストウッドはこのドン・シーゲルの映画に出演しながら、監督としての仕事の仕方を学んだという。ドン・シーゲルはもともとB級映画の監督を多く務めていたので、少ない予算で効率よく撮影を進め、数週間という短い期間であっという間に作品を完成させたという。

イーストウッドはそれを手本にしたので、彼の監督作も無駄な予算をかけず、短期間で手際よく進めていくことで知られている。だからあんなに多作なのだろう。そのうえどれもこれも傑作なのだから、すべての映画監督のお手本と言えるだろう。

それを知ってからわたしは、巨匠と呼ばれるような監督が金を湯水の如くに使い、長期に渡って撮影し、それがまた良いことかのように「製作費200億円!撮影期間2年!」なんて宣伝していたりすると、バカじゃないだろうか、と思ったりしたものだ。

ガントレット(字幕版)

70年代は『ダーティハリー』シリーズの他にも、イーストウッド監督が当時の愛人と共演した『ガントレット』(’77)といった痛快作や、オランウータンと共演した『ダーティファイター』(’78)といった珍作もあったが、未見のもの、わたしにとって未開封のお宝はまだまだある。

わたしはイーストウッド監督作では一風変わったドラマ作品も好きで、西部劇のショーをする旅回り一座を描いた『ブロンコ・ビリー』(’80)も良かったし、イーストウッドがカントリー歌手を演じた楽しくも切ないロードムービー『センチメンタル・アドベンチャー』(’82)も大好きな作品だ。

センチメンタル・アドベンチャー(字幕版)

わたしが初めてイーストウッドの主演作をリアルタイムで見たのは、わたしが映画館に就職した年に上映された『タイトロープ』(’84)だったが、このなんとも暗いサスペンス映画にはあまりピンと来なかった。

ペイルライダー(字幕版)

わたしが初めてグッときたのがその翌年の監督作『ペイルライダー』(’85)だった。その映像の美しさ、味わい深い重厚感、激渋のカッコ良さなど、当時はとっくに時代遅れになっていて誰も作ろうとしなかった西部劇ではあったが、他の映画には無い魅力を感じたものだ。これ以降のクリント・イーストウッド作品は、すべて見ている。

地味過ぎたせいか全然ヒットしなかったが、映画監督ジョン・ヒーストンのアフリカロケでの実際の出来事を描いたドラマ作品『ホワイトハンター ブラックハート』(’90)も好きな作品だ。

ホワイトハンター ブラックハート(字幕版)

イーストウッドは70年代の『ダーティハリー』シリーズをピークに興行的には下降線を辿り、80年代にはアクション俳優としても時代遅れになりつつあり、監督作も興行的失敗が続いていた。

そんな彼がついに名実ともに復活を果たしたのが『許されざる者』(’92)だ。

この作品でアカデミー賞の作品賞・監督賞・助演男優賞(ジーン・ハックマン)・編集賞の4部門を受賞した。悪徳保安官役のジーン・ハックマンは素晴らしく、クリント・イーストウッドとの夢の対決のような作品でもあった。

許されざる者(1992)(字幕版)

この受賞以降イーストウッドの評価は高まり、監督作を次々と撮っていく。30年間で24作というものすごい多作だ。

その大半が傑作であり、すべて挙げていったらキリがないし、どっちにしろもうすぐ全作品を順に見返すつもりなのだが、中でも強く印象に残っている傑作だけを挙げておこう。

パーフェクト ワールド [DVD]

刑務所から脱獄し、8歳の少年を誘拐する逃亡犯をケヴィン・コスナーが演じた『パーフェクト・ワールド』(’93)は感動的だったし、大統領のスキャンダルを描いた『目撃』(’97)は、四角い良い顔をしたベテラン名優たちの競演が素晴らしかった。

スペース カウボーイ 特別版 [DVD]

イーストウッド作品には完熟ベテラン名優の出演が多いのも楽しみのひとつだが、トミー・リー・ジョーンズ、ドナルド・サザーランド、ジェームズ・ガーナーと共演した『スペース・カウボーイ』(’00)はそんな作品の代表的なものだ。

この作品ではキャストも物語も共に、人は歳をとっても熱い気持ちになれるんだということを見せてくれる。わたしもずいぶん年を重ねこともあり、あらためて見返したくなる作品の筆頭でもある。

ミスティック・リバー [DVD]

重厚なサスペンス映画の傑作『ミスティック・リバー』(’03)は、主演のショーン・ペンと助演のティム・ロビンスという素晴らしい俳優にそれぞれアカデミー賞が授与された。

さらに2度目のアカデミー作品賞、そしてついに初の監督賞も受賞した『ミリオンダラー・ベイビー』(’04)は、魂が震える名編だ。わたしが心からイーストウッド監督をリスペクトし、わたしがいちばん好きな映画作家はやはりこの人だなと確信した、最も愛する作品のひとつである。

ミリオンダラー・ベイビー (字幕版)

第二次世界大戦の日米による硫黄島での戦いを、アメリカ軍側から描いた『父親たちの星条旗』(’06)、日本軍側から描いた『硫黄島からの手紙』(’06)の二部作は、それぞれの戦いと想いに対して、どちらにもリスペクトを込めて描いた、いかにもイーストウッドらしい作品だ。

『硫黄島からの手紙』はもちろん全編日本語の作品である。当然ながら、日本人に英語でしゃべらせるようなバカな真似はしていないし、大昔のハリウッド映画のような変な日本人や変な演出もない。日本語のわからないはずのイーストウッド監督がどうやって撮ったのかと不思議になるぐらいの完璧な名作だ。硫黄島からの手紙 [DVD]

朝鮮戦争に出兵した経験のある時代遅れで頑固な、東洋人を毛嫌いする元自動車組立工といういかにもイーストウッドにぴったりの役柄を演じた『グラン・トリノ』(’08)も良かったし、FBI長官エドガー・フーヴァーの生涯をレオナルド・ディカプリオが演じた、いろいろな意味で問題作となった『J・エドガー』(’11)ももう一度見てみたい作品だ。

J・エドガー [DVD]

そして、音楽に造詣と愛情が深いイーストウッドが撮った音楽映画がまたたまらない。

チャーリー・パーカーの生涯を描いた『バード』(’88)も悪くないが、1960年代にヒット曲を連発したコーラス・グループ、フォー・シーズンズの栄光とその裏側を描いた『ジャージー・ボーイズ』(’14)も素晴らしい名編だ。わたしはこのブログで以前音楽映画の連載をしたこともあり、アーティストの伝記映画の類いはそのほとんどを見たものだが、中でもこれは間違いなくその最高峰だと断言できる。

ジャージー・ボーイズ [DVD]

米軍史上最多となる160人を射殺した狙撃手の実話を映画化した、ヒリヒリするような傑作『アメリカン・スナイパー』(’14)も同年に公開されて、大ヒットした。この作品はアメリカで公開された戦争映画史上最高の興行成績を記録したという。

アメリカン・スナイパー [DVD]

『J・エドガー』以降、実話の映画化が続く。わたしは基本的に実話映画が好きなので、嬉しい限りだった。

『ハドソン川の奇跡』(’16)は、飛行中に鳥の群れに接触してエンジンを損傷した大型旅客機がハドソン川に不時着するという奇跡の生還劇とその後の疑惑とゴタゴタを描いた実話作品だ。英雄から一転して疑惑の容疑者となった機長をトム・ハンクスが演じている。

ハドソン川の奇跡 [レンタル落ち]

『15時17分、パリ行き』(’18)は、鉄道列車内で起きた銃乱射事件の犯人に立ち向かい、取り押さえた乗客の若者3人をなんと、本人役で出演させて撮られた実話映画だ。

さらに、80歳で麻薬の運び屋となった退役軍人の実話を描いた『運び屋』(’18)は、監督作としては10年ぶりに主演も自身で果たした衝撃作だ。当時87歳のイーストウッド老人が演じている姿に深い感動と喜びを覚えた。

運び屋 [DVD]

そして、96年のアトランタ五輪で爆発物を発見して多くの人命を救った英雄にもかかわらずFBIに容疑者とされてしまう警備員を描いた『リチャード・ジュエル』(’19)などもまた驚くべき実話の映画化だ。

現時点で最新作である『クライ・マッチョ』(’21)はわたしは未見だが、これはいつ見ようかと楽しみにとってある感じだ。
まさかの90歳での主演というイーストウッドの勇姿が見られ、しかも『許されざる者』以来、30年ぶりの乗馬シーンまであるというのだからもうたまらない。

クライ・マッチョ [DVD]

イーストウッドの監督作品はもう本当にどれもこれも、映画の楽しさに満ち、芸術的な美しさと刺激に溢れ、登場人物たちそれぞれの人生の物語が心に残る、傑作の森である。

これを全部見返すのかと考えるだけで、本当にワクワクしてくる。これ以上の喜びは考えられないほどだ。

(Goro)

コメント

  1. G-大将 より:

    60年ストーンズを聞き倒すかと思ったら、返す刀でイーストウッド全作見と来ましたか!もうたまらん!!ここに西村寿行の小説の話でもあったら私のアイデンティティーの7割は出来上がってしまうではないか、楽しみにしてますぞ
    ps 新しいパソコンおめでとう👌

    • Goro より:

      あざーっす!

      それで7割とすると、あとは拓郎・泉谷・清志郎で10割完成だな(笑)