‘90年代ロック革命の金字塔〜ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』(1991)【最強ロック名盤500】#1

ネヴァーマインド(SHM-CD)

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

【最強ロック名盤500】#1
Nirvana
“Nevermind” (1991)

わたしが10代後半だった1980年代前半は、MTVの開設と電子サウンドの大流行で、チャラついたろくでもないロックやポップスが氾濫していたため、わたしはリアルタイムの音楽に耳を塞ぐようにして、60年代や70年代のロックを聴いて過ごしていた。

その様相が変わってきたのが1988〜89年あたりだ。英国ではマンチェスター・ムーヴメントやシューゲイザーが、米国ではアンダーグラウンド・シーンから、ソニック・ユースやピクシーズ、ダイナソーJrなどが新しい扉を開いた。
彼らの音楽は殺伐とした轟音ギターとポップな歌メロが同居し、センスの良いユーモアに貫かれていた。わたしがロックに対して望んでいるすべての要素が揃っているかのようだった。わたしは初めてリアルタイムのロックに注目し、夢中になって貪り聴いた。わたしが20代前半のことである。

70年代のパンク・ムーヴメントをギリギリ知らない世代のわたしは、ついにロックが大きく変わろうとする瞬間を体感している気分だった。
当時はもう仕事もなにもかもどうでもよく、ただこの新しい音楽に夢中で、昂奮していた。音楽誌を隅々までチェックして欲しいCDのリストを作り、給料が入ると喜び勇んでCDを買いに行ったものである。

1991年の10月、給料日後の最初の休みにわたしは、毎月恒例のCDのまとめ買いに出かけた。
いつものように名古屋市内のタワーレコードやHMVなどの大型CDショップをハシゴして回ったが、しかしその日はどうしても、どこの店でも見つからなくて困ったタイトルがあった。
発売されてまだ2~3日しか経っていないはずのニルヴァーナの『ネヴァーマインド』だった。
それはまだ一度も聴いたことのないバンドだったが、音楽誌でソニック・ユースのキム・ゴードンがインタビューで「ニルヴァーナは凄い!」と一言だけ言っていたのをわたしの自慢の嗅覚が嗅ぎつけ、買い物リストに入れたものであった。前月に購入したスマッシング・パンプキンズの1stにハマってもいたので、このアメリカの新しい波にわたしの期待が注がれていたということもあった。

しかしメジャーから国内盤が出ているにも関わらず、どこを探しても見つからず、まあ無名のバンドだからそんなものかと思いながら帰途についた。
あきらめきれずに、ためしに家のすぐ近所の小さなCDショップを覗いてみると、普通に1枚置いてあり、わたしはホッとして購入した。

一人暮らしの木造ボロアパートに帰り、『ネヴァーマインド』をCDプレーヤーで再生した瞬間のことは今でも忘れられない。1曲目の「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」から、体に電流が走り、総毛立つような衝撃だった。
ポップなメロディと、ラウドで殺伐としたサウンドという真逆のように思えるものが見事に融合している。

こういうスタイルはすでにわたしのお気に入りだったソニック・ユースやピクシーズやダイナソーJrにも通じるものだったが、しかしニルヴァーナはその先輩たちに比べても、ソングライティングの独特さ、素晴らしさが圧倒的であり、バンドとしても異様に完成度が高かった。
半分聴き進めただけで、ああこれはとんでもない名盤だな、と思ったことを憶えている。そしてこのCDは、当時のわたしのいちばんのお気に入りとなった。

次月に出た音楽誌の記事で、わたしはやっと何が起こっているかを理解した。
編集後記のような小さな記事だったが、そこには「ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』が全国のCDショップで品切れ続出」とあった。
ありえないような話だったが、どうやら本当らしい。どうりでなかなか見つからなかったわけだ。

数年前からのオルタナティヴ・シーンの地鳴りのような活況に、ニルヴァーナがとどめの爆弾を投下し、大爆発が引き起こされた。

それからはもう社会現象のようなあの騒ぎである。
特筆すべきは、このニルヴァーナ現象はいつものような音楽メディアが主導したものではなかったということだ。ニルヴァーナを推す記事も、派手な広告も、見たこともなかった。

レコード会社の戦略やマスメディアが作り上げたスターではなく、ただの普通の若いロックファンたちがただその音楽だけを気に入って支持した、それがなんの申し合わせもないのに世界規模で同時に起こったのだ。そんなことが現実に起こるなんて、信じられない気分だった。なんだか世の中が変わり始めているように感じた。

ロックシーンは大いに活気づき、オルタナティヴ・ロックがメインストリーム・ロックを駆逐するという痛快な地殻変動が起こった。ロックが本来の熱さや鋭さ、リアリティを取り戻したのだ。

『ネヴァーマインド』は90年代ロック革命を象徴する金字塔となった。

全米6位という驚異的なヒットとなった「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」はヘヴィなロックの体裁をとりながら、カッコつけたロックのパロディのようなユーモア感覚も含んだ画期的なものだったし、「カム・アズ・ユー・アー」「リチウム」「イン・ブルーム」など静と動のメリハリとメロディの独創性が際立つ名曲が、立て続けにシングルヒットした。

また、「ブリード」「ドレイン・ユー」「ステイ・アウェイ」「テリトリアル・ピッシングス」など、ライヴで最高に映える楽曲もある。さらには「ポーリー」「サムシング・イン・ザ・ウェイ」といった内省的なものもあり、隅々まで楽しめるバラエティに富んだ内容だ。
間違いなく、ロック史上の最高傑作にも数えられる、歴史的名盤である。

ニルヴァーナがブレイクした1991年から、ニルヴァーナが消滅した1994年まで。
わたしが人生で最もロックにのめり込んだのはその時代である。

(Goro)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする