まあとにかくこの人がいなければ、このアルバムがなければ、西欧文明はまた違ったものになっていたに違いない。
間違いなく、20世紀の文化において最も多大な影響を、間接的に与えた人物である。
この人がいなければロックとやらの音楽はこの世に生まれていなかっただろう。
この人がいなければチャック・ベリーもビートルズもストーンズも存在せず、音楽がこれほど大衆化され大量消費されることもなく、iPodも存在しなかったであろう。
わたしももっと違う人生を送っていたことだろう。まあ間違いなくもっと快適で楽で単純明快な小奇麗な人生を送っていただろう。
ロックというものは、人が選択をしなければならないときに必ず間違った選択をするよう教える音楽でもあるのだ。
このアルバムを初めて聴いたとき、コンクリート打ちっぱなしの狭い箱の中、真っ暗闇の中で歌っているように想像したものだ。
「ローリング・ストーン」などはまだ30代半ばなのに、すごい年寄りの声に聞こえる。
なにかをやらかしてコンクリートの箱に幽閉された若者が異様に早く年を取ってしまって、悲嘆と諦念の入り混じった咆哮で外界に届けと叫び続けている、そんな印象だった。これは凄い、と思った。
魂が露出した歌声だけが寒々とした空気の中に響き渡っているようだった。
ブルースとはそのような恐ろしいものであると印象付けられた。その後ももっと凄いブルースにも出会った。
たとえばブラインド・ウィリー・ジョンソンの「ダーク・ワズ・ザ・ナイト」、あれなどはまるで鍾乳洞の奥から聞こえてくる地底人の唸り声のような音楽である。
このような音楽もまた、わたしのもっとも愛する音楽のひとつである。