憂歌団/おそうじオバチャン(1975)

憂歌団

【ニッポンの名曲】#31
作詞:沖てる夫 作曲:憂歌団

1975年に吉祥寺のライブハウスでこの曲を歌っているところをレコード会社のディレクターの目に留まり、憂歌団はデビューした。これは彼らのデビューシングルである。

ビルのおそうじオバチャンという貧しい労働者の喜怒哀楽をリアルな生活臭とユーモアを込めて歌った曲で、まさに日本のブルースと言える傑作だ。
「ブルース」を「憂歌」と訳したセンスも素晴らしい憂歌団の、本領と言える。

しかしこの曲は、おそうじオバチャンたちに対して差別的であるという理由で民間放送事業者連盟(民放連)がテレビやラジオでの放送を自粛すべき歌に選んだ。いわゆる「放送禁止」というやつである。

そんなことを言い出したら、ブルースなんて放送禁止歌ばかりだ。
日本人は勤労を最上の美徳としているということなのか、RCサクセションの「ボスしけてるぜ」も放送禁止になったが、激安労働者や社畜が愚痴をこぼす歌は御法度なのかもしれない。

だいたい、歌っている本人に差別的な意図がまったくなく、歌われている側の人たちもなんとも思っていないのに、歌に差別的な意味を勝手に付加しているのはいつも、「これは差別ですな」とか言いながら、空調の効いた部屋で屁理屈をこねているだけで高給を貰い、泥や油やローションやクソにまみれて働いている人々を被差別職業者と見做している、脳みそクソ男たちなのである。

そんな脳みそクソ男たちにバカ高い給料を払うから、放送局に勤めているパートタイムのおそうじオバチャンたちがゲロ安い時給で働かされるのである。

それにしても上手いバンドだ。
忌野清志郎が日本を代表するソウルシンガーなら、木村充輝は日本を代表するブルースシンガーと言えるかもしれない。
内田勘太郎のギターも超絶的だ。ブッ飛んでいる。

憂歌団は1998年に一時活動を休止し、2012年にはドラマーの島田和夫が自殺してしまった。

2013年に活動を再開し、現在は元RCサクセションの新井田耕造がドラマーとして在籍している。

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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