今宵の月のように/エレファントカシマシ(1997)

今宵の月のように

ニッポンの名曲 #42
作詞・作曲:宮本浩次 編曲:宮本浩次、佐久間正英

これはホントに、凄い曲だ。
曲調には70年代のフォーク・ロックの伝統を感じることもできるが、しかしフォーク・ソングのような単純な歌ではまったくない。全然レベルの違う、洗練された名曲である。

複雑なメロディやコード進行で、歌うのが滅法難しい。
かといって、ややこしい曲にはまったく聴こえない、一度聴いただけで耳に残るキャッチーで美しいメロディと歌詞という、あらゆる意味において完璧な歌である。

初めて聴いたときに、どんな天才が書いたのかと思った。
あのエレファントカシマシの曲と知って、驚いた憶えがある。わたしはエレカシのことはあまり知らず、3rdアルバムである『浮世の夢』を聴いたことがあったぐらいのものだったから、そのイメージの違いに驚いたのだった。
それにまた、PVのカッコいいこと。
さらに、TVドラマの主題歌と知って、3度驚いたものだった。

後に知ったところによると、レコード会社との契約を打ち切られるなどしてバンドの存続が危うくなり、ヒット曲を出す必要に迫られ、宮本はビートルズを聴きまくって研究したという。
その成果がポニーキャニオンに移籍して初めてのシングル、96年の「悲しみの果て」であり、翌年のこの曲だったのだろう。
この天才的な作品は、努力の成果によるものでもあったのだ。

歌詞もあえて手垢のついたような言葉を使いながらも、きれいに手垢が洗い落とされたような新鮮な言葉として清々しく響く。エレカシの歌詞はこの曲に限らずそうだが、わたしはこのことに本当に驚かされる。いったいどうしたらそんなことができるのか、まったくもって謎である。

ここで歌われている風景や感情は、平成でも昭和でも大正でも明治でも、どの時代設定でもおかしくない、各々にとっての日本の原風景のようでもある。
きっと元号が変わってもまた、時代を超越して愛され続けるだろう。

記事を書いた人(Goro)

愛知県在住。中学卒業後、無知蒙昧のまま社会にさ迷い出て、底辺職を転々した後、地元の映画館に拾われる。映画館に10年勤めた後、レンタルビデオチェーンのバイヤーを20年勤め、現在は再び底辺職で肉体労働の日々に返り咲く。心に平安が訪れている。生活に不満はなし。音楽にはいろいろと救われている。「映画は映画館で観なきゃダメ派」ではない。

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